二話


 さて、方々に別れた人類の内、とある一族が古来より神々が集うという謂れのある土地に辿り着いた。やってきた瞬間から、長旅の果てに傷つき疲れ果てた身体が不思議と癒されるような気がして、彼らはここを「祝福の村」と名付けて暮らすことに決めた。

 

 村民たちは土地に生かされていることに感謝し、そしてこの厄災の日々の終わりを願い、目に見えぬ神々に日々祈りを捧げ続けた。神々からの返答はなかったものの、やはり何か不思議な力に守られているのか、近辺の集落が不幸にも襲撃を受けて消えていく中、その後五十年近く魔王による惨劇が起こることはなかった。

 

 しかし、平穏な日々は唐突に終わりを告げる。

 

 祝福の村から少し離れた集落に現れたそれは、獣のようで獣ではない異形。禍々しい殺気を放ちながらふらふらと歩いていたかと思えば、ちょうど出くわした集落の一人めがけて一心不乱に駆け出し、その喉元に噛みつくと一瞬で絶命させた。そのまま異形は集落の内部に入り込むと次から次へと人々を襲い、集落を壊滅に追いやってしまった。


 この事実は唯一生き残った者からすぐさま方々に伝えられた。今まで見たこともない、まるで殺しだけが存在意義であるかのような異形の出現の知らせに、方々に散った人類すべてが震え上がった。


 その正体はまもなく明らかになる。


 それは自ら手を下すのに飽きた魔王が手慰みに生み出した、殺戮兵器。


 彼はこれを「魔物」と呼び、使役した。


 魔物の出現により、人々の生活は以前にも増して苦しいものとなった。なにせ気まぐれな魔王とは違い、魔物は皮肉なまでに、実に勤勉に人々を襲いにやってくるのだ。魔王ほどの力はないものの、ただただ殺戮だけを本能として脇目も振らず向かってくる獣のような存在は、人々を窮地に追い込むには十分すぎる脅威である。


 およそ五十年、魔王による厄災を逃れていた祝福の村とて例外ではなかった。村の中心部――村の者たちはこれを「神域」と呼んだ――こそ無事ではあったが、ひとたび村外れまで踏み入ってしまうと、魔物がすぐそこまで迫っていたなどということが度々起こっていた。


 そしてある日、とうとう最初の犠牲者が出た。村人たちは恐怖におののいてすぐさま神域に集まり祈りを捧げる。彼らにできることはそれしかなかったからだ。神々はこれまで彼らに応えたことはない。それでも、この脅威から逃れるためには今日まで村を守ってきたに違いない、目に見えない神に縋るしかなかったのだ。


 村人たちは夜通し、飲まず食わずで祈り続けた。雨が降り、風が吹き荒ぼうとも誰一人として祈ることをやめようとはしなかった。


 そうして3日が経った頃、突如として空を厚く覆っていた雲が割れたかと思うと、陽光が一閃、村人たちの中の一人、きつく目を閉じて祈りを捧げていた少女に降り注いだ。その瞬間、少女は何かに取り憑かれたかのように勢いよく立ち上がり、天に大きく手を突き上げた。そしてはらはらと涙を流すと大声で叫ぶように言った。


 「ああ、神様。本当に私たちをずっとお守りくださっていたのですね。私には確かにあなた方のお声が聞こえます。――皆に伝えましょう。今から三十年ののち、この世界を救う勇者がこの地に生まれます。今ここにいる我々の使命は勇者が生まれ、そして旅立つまで、この地と民をなんとしても守り受け継いでいくことです。そのために我々は勇気と力と知恵を身に付けなければなりません」


 少女は振り返った。目映い陽光が彼女を光輝かせる。村人たちは息を飲んだ。これは間違いなく神託が下ったのだと、誰もがそう思った。


 それから神々はこの少女――後に「神託の巫女」と呼ばれるようになる――を通して彼らが持つ知恵を少しずつ人々に分け与えるようになった。祝福の村の者たちは真摯にこれを学び、来るべき日に備え着実に力をつけていった。


 そして約束の日はやって来る。

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