第34話 詩のほしいもの
アヤカシの担ぐ籠に乗るのは、これで何度目だろう。
しばらくの間揺られて、ようやく止まり戸が開かれたかと思うと、先に外にでていた詩が顔を覗かせた。
「紬、着いたよ」
そう言って、こちらに向かって手を伸ばす。
手を取って外に出ると、目の前には古びたお堂が立っていた。
「これが、あなたが連れて来たかった場所?」
詩に母親との話をし、一緒に行ってほしいところがあると言われてから数日。
玉藻本家の一件のせいで崩した体調も元に戻り、ここまで連れてこられた。
しかし、詩は首を横に振る。
「いや。ここはまだ途中だよ。連れていきたいのは、このお堂の向こう側」
「向こう側?」
意味深な言い回しに首を傾げるが、とりあえず、彼の後ろについてお堂の中に入っていく。
この中には入るのは二人だけのようで、籠を担いでいたアヤカシ達は、その場に残っていた。
薄暗いお堂の中を歩くが、詩との間に会話はほとんどない。
と言うより、以前に母親の話を出して以来、詩と話すことが、明らかに少なくなっていた。
(あなたは、いったい何を考えてるの? お母さんの何を知ってるっていうのよ?)
自分は母親から嫌われている。それだけのことをしたのだから当然だ。
そのはずなのに、詩は頑なに、そんなことはないと言い続けた。
どうしてそこまでハッキリと言うのか。詩が何を考えているのか。さっぱり理解できず、どんな顔をして話をすればいいのか、まるでわからなかった。
そんなことを考えながら歩いていたのがいけなかったのだろう。床にある僅かな段差に躓き、よろける。
すると、それに気づいた詩がすかさず受け止めた。
「大丈夫? 足元が見にくいから、気をつけて」
「え……ええ」
抱き止められるような体勢になってしまったが、恥ずかしさよりも気まずさが出てくる。
そんな気持ちを少しでもそれを紛らわそうと、とっさに別の話題を出した。
「ここって、あの場所と似ているわよね。私が、人間の世界からこっちにやってくる時に通った、あのお堂に」
玉藻の家に嫁入りするため、常貞たちに連れられやって来た、山の中のお堂。
そこで詩と初めて出会い、さらにそのお堂のもうひとつの出口をくぐることで、紬はアヤカシの世界にやってきた。
このお堂は、そことよく似ていた。
「実際、似たようなものだよ。ここもあそこも、アヤカシの世界と人間の世界を繋ぐ場所になってるんだ」
「えっ!? じゃあここも、人間の世界に繋がってるの?」
思いがけない言葉に、驚く紬。似ているのは、見た目だけではなかったようだ。
「二つの世界には、それぞれ繋がりやすい場所っていうのがあって、ここも前に行ったお堂も、そんなところのひとつなんだ。この中でちゃんとした手順を踏めば二つの世界を行き来できるし、周辺でも、たまに繋がることがある。神隠しって言葉があるだろ。それは、こんな場所の近くでたまたま世界が繋がって、それに人間が巻き込まれたってことが多いんだ」
「人間にとっては、迷惑な話ね」
何も知らずに突然アヤカシの世界に行くなんてことになったら、怖いなんてものではすまないだろう。
「だから、なるべくそんなことが起きないよう、玉藻家が管理してるんだよ。といっても、ここはそこまで重要な場所ってわけじゃないけどね」
「そうなの?」
「ああ。たまたま繋がりやすい場所だから、一応押さえておこうってくらい。昔、当主候補の一人だった俺の父さんが、その座から降りた。その途端、厄介払いのような感じで飛ばされた閑職が、ここの管理。って言ったら、どれだけ適当な扱いかわかるかな?」
「…………」
詩は軽い感じで語るが、紬はどう返していいかわからない。
かつで、詩の父親が玉藻家の当主の座に近い位置にいたこと。その争いから蹴落とされたこと。そしてその理由は、かつて玉藻の本家に行った際、わずかではあるが聞いている。
「あなたのお母さん、人間なのよね。アヤカシは見えるけど、私と違って霊力はそこまで高くない。そしてお父さんは、そんな人と一緒になったから、周りからあれこれ言われて、当主争いから降ろされた」
ゆっくり、確認するように言う。これが、紬の聞いた詩の両親についてだ。
さらに、その時聞いた話がもうひとつ。
詩が紬の霊力を吸わないのは、霊力のない人間を見染めた父親と、自分の境遇を近づけるため。そうすることで、父親が受けた不遇な扱いは、間違いだったと証明するため。
そう古空から聞かされ、胸の奥がザワついた。
果たして本当にそうなのか。少しでもその答えに繋がる反応が得られないか、じっと詩の様子を伺う。
すると詩は、実にあっさり言い放った。
「そこまで知ってるんだ。まあ父さんは、母さんと一緒になった時点で、当主争いなんて興味をなくしたみたいだけどね」
そうして、ケラケラと笑い出す。
そこに、紬が想像していたような悲壮感は、全く感じられなかった。
「そんな扱いを受けて、悔しいとか思わなかったの?」
「そんな風に感じたことはなかったな。そもそも、玉藻の本家ってあんな感じだろ。あんな怪しくて息がつまるような場所、近寄りたくないって思っても不思議はないんじゃないの。俺や母さんと一緒に、離れた場所でのほほんとやってた方が楽しかったみたいだよ」
それは確かにと、紬も少し納得する。
もしも自分がアヤカシの世界に生まれていたとしても、あんな殺伐とした場所ですごすなど遠慮したい。
詩の父親も、そんな考えだったのかもしれない。
「ちょっと待って。けどあなたは、お父さんがなろうとしなかった当主の座を目指して、争いに加わっているのよね。どうして?」
「そりゃ、俺の人生は父さんとは違うからね。どうしてもほしいものがあって、それを手に入れるためには当主になる必要があった。だから、目指した」
「ほしいもの?」
「紬だよ。俺が次期当主候補だから、こうして紬の夫になれたんだからね」
「なっ!? …………あなた、ふざけてるの?」
一瞬ドキリとするが、これはおかしい。詩が当主になると決めたのがいつかは知らないが、その時にはまだ自分のことなど知ってるはずがない。
せっかく真剣に聞いていたのに。だがこのおかげで、それまであった気まずい雰囲気が、少しだけ和らいだ気がした。
そうこうしているうちに、二人はお堂の先へと進んでいき、入ってきたのとは別の扉が見えてきた。
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