第23話 霊力を欲しがらない理由
「なんじゃ。詩から何も聞いておらんのか?」
紬の言葉を聞いて、沙紀は意外そうに声をあげる。
ただ、その仕草があまりにも大仰だったので、本気で驚いているのか、そういうふりをしているのかはわからなかった。
「夫のことを何も知らぬとは不憫じゃから教えてやろう。あやつの両親、二人ともとっくに亡くなっているが、母親は人間じゃ」
「えっ……?」
告げられたのは、あまりに予想外な言葉。
沙紀の言う通り、そんな話詩からは一度も聞いたことがない。
前に喜八が言いかけたのも、そのことだったのだろうか。
「人間って、その人も、私みたいに霊力があったんですか?」
「いいや。アヤカシの姿をかろうじて見ることができるくらいじゃの。あやつの父親と一緒にいるにつれて見る力は強まっていったようじゃが、あの程度の霊力では食っても大して力はつかん。もしもお主のような霊力を持っていたら、私が隙を見て食っていたかもしれんがの」
相変わらず、人間を餌としてしか見ていないような言葉。
しかし、そんな人間がなぜアヤカシと一緒になり子どもまで産んだのか、疑問はますます大きくなっていく。
「あやつの父親にとっては、霊力の有無など二の次だったようじゃ。人の世に行った時に知り合い、色々あって好いた惚れたとなって一緒になったと聞く」
「それって、純粋にその人を好きになったってことですか」
「そういうことになるかの。詩がお主を愛しの妻などと言うのと似たようなものかの」
そういえば、自分と詩は仲睦まじい夫婦ということになっているのだと、今更のように思い出す。
「私に言わせれば愚かなことじゃがな。霊力のない人間を嫁に迎えても、なんの得にもならん。元々、私と当主の座を争う程度には優れたやつじゃったが、それをきっかけに争いから蹴落とされおった」
「そうなんですか?」
「ああ。人間になどに惚れた軟弱者に当主など務まるものか。周りからそう思われ、冷遇されるようになった。おかげで私は当主になれたが、ずいぶんと拍子抜けな幕切れじゃった。その息子である詩も、お主の霊力になんの興味も持たん。親子そろって、いったい何を考えておるのかのう?」
「そ、そんなの、私にはわかりません」
本当に、わかるわけがない。
詩の両親は、本気で愛し合って一緒になったのかもしれない。
だが自分たちは本当は愛し合ってなどいないし、詩が自分を好いているというのも、どこまで本気かわからない。
自分が詩に好かれる理由など何も思い当たらないというのに。
まさか、父親がそうしたから自分もそれに習った、なんてことでもあるまい。
そう、思ったのだが……
「もしかすると、父親の無念を晴らすという意味もあるのかもしれないね」
そう言ったのは、今まで話を聞いていた古空だった。
とはいえ、これだけでは言っている意味がわからない。
「無念を晴らすって、どういうことですか?」
「思いつきで言っただけなんだけどね。人間の女性と一緒になった詩の父親に対する一族の反応は、ひどく冷たいものだった。こことは違う土地の閑職へと追いやられたばかりか、それまで付き従ってきた者たちも離れていき、見下す者まで出てきたらしい」
親戚間での酷い扱いと聞いて、自分が月城の家で受けてきた数々の仕打ちを思い出す。
状況はだいぶ違うが、詩やその両親も、苦しい思いをしてきたのかもしれない。
「詩のやつが当主を目指すのは、その悔しさがあったからとして、それならなぜ君から霊力を得ようとしないのか? 君を愛しているからか、それとも……」
「それとも、なんですか?」
急かすように、古空に次の言葉を促す。
詩の言う好きを一番信じられないのは、他ならぬ自分自身だ。もしも彼がこんなことをする理由が別にあるのなら、それがなんなのか知りたかった。
「人間である君を花嫁として貰い受けるが、霊力には手を出さない。まるで、父親の人生をできる限り再現しようとしてるみたいじゃないか。そうして当主になることで、両親の受けた不遇な扱いは間違いだったと、証明したかったかったのかもね」
「──なっ!?」
それは、あまりに突拍子もない話だった。もしそうなら、そんなことのためにわざわざ結婚まですることになる。
いくらなんでも、そんなわけがない。そう言いそうになる。
だが……
(でも、それじゃあどうして、私を花嫁としてほしがるのよ)
それは、未だにさっぱりわからない。
だが、自分なんかを好きと言い、せっかくの霊力を吸い取ろうとしないのだ。そのくらいおかしな理由があっても、不思議ではないのかもしれない。
(もし本当にそうなんだとしたら、お父さんやお母さんの名誉を守るために、私が必要だったってこと?)
キュッと、心臓が苦しくなる。
もちろんこれは、全て想像だ。詩本人が何か言ったわけでもない。
その詩を見ると、未と戦っている最中だ。仲間に引き込んだ数名と共に、次々と敵を打ち倒していっている。
もちろん、いくらその姿を見ても、自分のことをどう思っているかなど、読み取れるはずもない。
「まあ僕としては、その辺りの事情なんてどうでもいい話だ。どんな理由であれ、詩にとって君が大切なら、利用する価値はある」
「えっ?」
再び告げられた古空の言葉に、ハッとしたように彼を見る。
するとその瞬間、彼の手が伸び、いつの間にか抜かれていた短刀が、紬の喉元に突きつけられていた。
「やっ──!?」
ヒヤリとした刃が、喉に触れる。恐怖で声をあげそうになるが、喉を押さえられては、それもできない。
震える紬を見て、古空はニヤリと笑う。
「例えばそう、ここで君を人質にしたら、詩はどうするかな?」
そうだ。この男も、次の当主の座を詩と争う者の一人。しかも、詩の次にその座に近いやつなのだ。
例え気になることを言われても、迂闊に近寄るべきではなかったのかもしれない。
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