生贄花嫁はアヤカシ狐からの溺愛を受け入れられない
無月兄
第1話 アヤカシの花嫁
アヤカシの花嫁とは、生贄と同意。
霊力を持つ人間はアヤカシにとって格好の餌であり、長い時をかけ、少しずつ命を食われていく。
当然、そこに愛など存在しない。
ずっとそう聞かされてきた。アヤカシの花嫁とは、そういうものだと信じていた。
なのに……
(どうして私は、そんな嫁入り先でマンガを読んだりゲームをしたりしているんだろう?)
放課後の職員室。
「まさか、急にこんな時期に辞めるなんてな。色々大変かもしれないが、元気でやっていくんだぞ」
口では一応気遣うようなことを言っているが、その表情からは、内心ホッとしているのが見て取れる。
実際、厄介者がいなくなってよかったと思っているのだろう。
いきなり突き飛ばされ、罵詈雑言を浴びせられ、頭から水をかけられる。
そんなのを目にしていながら見ないふりをするというのも、なかなかに大変なのだろう。
もちろん、だからといって決して同情できるものではないのだが。
「辞める理由は、家の事情だったっけ」
「はい、そうです」
表情を変えず、最低限の返事をする紬。担任教師も、とりあえず言ってはみたものの、大して興味はないのだろう。
ここであれこれ相談したとしても、嫌な顔をされるのは予想がついていた。
(結婚するから。なんて言ったら、どんな顔するかしらね)
紬は心の中で呟くと、今更ながら自分の置かれた状況に呆れる。
先日十八の誕生日を迎え、結婚できる年齢になったとはいえ、世間的にはまだまだ早すぎると言っていい。
しかもそれを理由に学校を辞めるというのだから、無茶苦茶だ。
この学校にはなんの未練もないので、去るのは別に構わないが、それをよかったと言っていいかはわからなかった。
身のない話にもいい加減飽き、そろそろ終わらせようとしたその時、職員室の戸が開き一人の女子生徒が入ってくる。
彼女はそのまま、紬たちのところにやってきた。
「紬さん、話はもう終わったかしら?」
彼女の問いかけに、黙って頷く。
茶色く染めた髪と、派手めの化粧がされた顔は、華やかではあるが学校という場には似つかわしくない。
対する紬は、艶のある長い黒髪に、化粧っ気はないが整った顔立ち。
本来なら十分に美人と言っていいのだが、目尻を吊り上げ笑うというのを忘れてしまったかのようなムスッとした表情が、まるで美人と言われるのを全力で拒んでいるようだった。
全く似ても似つかないが、実はこの二人が従姉妹だというのは、この学校の人間ならほとんどの者が知っている。
「先生。紬さんを連れて帰るけど、いいわよね」
「ああ。もちろんだ」
彼女、
それどころか、へりくだるように一礼する。
教師と生徒という立場を考えると異様だが、寧々がこんな扱いを受けるのは、この学校では当たり前。
先ほど思い出した、紬がこの学校で受けてきた数々の仕打ち。それらが見過ごされていたのも、寧々が主犯であると、誰もが知っているからだった。
「そういえば紬さん。お友達にお別れの挨拶はしなくてよかったのかしら。もう二度と会えないかもしれないわよ」
校門を出たところで、寧々がそう聞いてくる。それから、意地悪そうに顔を歪めた。
「それとも、お別れを言うような相手なんていないのかしら?」
ここで紬が何と答えても、きっと寧々は笑い飛ばしてくるだろう。
そんなことは、長年の経験からよくわかっていた。
いつもなら、紬も黙ったまま、寧々が飽きるのを待っていただろう。
しかし今日の彼女は普段とは違い、気が立っていた。何か、少しでも反撃したいと思った。
「そうね。私に寄ってくるとしたら、人以外のものだから。ほら、今だってそこに……」
そう言って、いかにも良くないものがいるかのように、寧々の後ろを指差す。
普通、こんなものでは、今どき子供でも怖がらないだろう。
しかし寧々はすぐさま振り返り、何も無いかと何度もキョロキョロと確認し、怯えたように顔を引き攣らせる。
その様子は、傍から見ればさぞかし滑稽に映るだろう。
「心配しなくても、悪いものじゃないわ。そんなのがほいほいその辺にいるわけないじゃない」
ようやくからかわれたと知り、悔しそうに顔を歪める寧々。
いつも嫌味たらしいことを言ってくる彼女に、一矢報いることができたような気がした。
だが、それも長くは続かない。
「相変わらず、気味が悪いわね。そんなだから、親にも捨てられるのよ。まあ、だからこそ、アヤカシの花嫁にはぴったりなんだけど。」
「────っ!」
今度は、紬が顔を引き攣らせる番だった。
ズキリと胸が痛み、腹の奥から言いようのない苦しさが込み上げてくる。
たまには自分だってやり返してやる。そう思って反撃してみたものの、結局傷を負うのは自分だった。
そんな紬を見て、寧々は愉快そうに笑った。
「さあ、早く帰りましょう。お父様達が待ってるわ」
寧々が勝ち誇るように言ったところで、彼女の前に一台の車が止まった。
車に詳しいものが見れば思わず写真に収めたくなるような、黒塗りの高級車。その中に、寧々は当たり前のように入っていく。
「乗りなさい。今日は特別に、私と一緒に帰るのを許してあげる」
誰があなたなんかと!
そう叫びたくなるのを堪え、紬もまた車に乗り込む。
走り出した車の中で窓の外を見上げると、羽の生えたドクロが空を飛んでいるのが見えた。
所謂、妖怪と呼ばれる存在。いや、彼らは自分たちのことを、アヤカシと呼んでいた。
普通の人間は見ることができず、もしも目にしたら、ほとんどの者は驚き声をあげ怯えるだろう。
しかし紬にとっては、いちいち騒いでいたらきりがない。
あんなものは、子供の頃から何度も見てきたのだから。
そして間もなく、自分はそんなアヤカシのところに、花嫁として嫁ぐことになるのだから。
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