愛しい気配
泰子さんが旦那さんと死別したのはまだ30代前半の頃だった。
見合い結婚で夫婦となった二人は互いに色恋といった感情は持っておらず、友達よりももっと隔たりのある関係だったそうだ。
起きて朝食を作り、仕事に行く彼を送り出し、昼間は掃除に洗濯、夕食の支度を終えて帰宅する彼を出迎え、次の朝の準備をする。単調で静かな毎日の繰り返しだった。それでも、自分以外に頼れる人がそばにいる生活に不満はなかった。
ところがそんな生活は10年も続かなかった。
仕事中に心筋梗塞で倒れた夫はそのまま帰らぬ人となった。若くしてパートナーが亡くなったことに泰子さんはショックを受けたが、彼女の家族はというと、葬儀の翌週には再婚のための見合い話を持って来た。まだ気持ちの整理がついていなかった泰子さんはその話を断り、夫婦で暮らしていた家へと一人戻った。
何となく気が進まないながらも家を片付けていた時、ラジオが壊れた。
それはラジオを聴くのが好きだという泰子さんに、夫がプレゼントしたものだった。突然ガジャガジャとしたノイズしか聞こえなくなり、何度チューニングし直してもラジオが雑音以外の音を拾うことはなかった。
その翌日、次はテレビが故障した。
夜一人でテレビを見ていると、一瞬ぐらりと画面全体が歪み、プツンという音とともに画面が真っ暗になった。電源ボタンを押してもリモコンであれこれと操作をしても元に戻ることはなかった。
短期間で奇妙な壊れ方をしたラジオとテレビ、後になって考えてみれば妙なことだが、この時は大して気にしなかった。
しかし実家に戻った途端、そこでも電化製品が立て続けに故障した。それだけではない。久しぶりに訪ねて行った幼馴染の家でもテレビが急に映らなくなった。行く先々でそのようなことが起こるので、さすがに泰子さんもおかしいと思うようになった。しばらく不安を抱えて過ごしていたのだが、ある時を境に不可解な故障は収まった。
ある時というのは夫が亡くなって四十九日が過ぎた頃だったという。
「それに気付いた時は寂しかった。成仏したんだなって。もう本当にいないんだなって。でも」
死んだ後も一緒にいてくれて嬉しかった――
泰子さんにとっては電化製品の故障も夫婦の大切な思い出なのだそうだ。
彼女は現在50歳、独身である。今後も再婚するつもりはないという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます