第二幕 君と過ごした夏の世を。

第十一話 「無彩」


「また来るよ。」


 泣いている君を落ち着かせてから、僕は君の病室を去った。去り際に見えた、目を真っ赤にした君の微笑みは夕焼けに照らされていてまた美しかった。


 今日は君と出会ったことで色々なことがあった。しかしいつもより一日が短く感じた。朝、何をしたのかも忘れる程に。そうして病室から出たとき、昨日とは比べ物にならない程の疲れが一気に押し寄せた。倒れるほどに疲れているのが身を以て分かった。だが、本当に充実した一日だった。


 僕はエレベーターに乗り、自分の病室へと戻り、病室に入るなり、すぐさまベッドに潜り込んだ。


 そんな長くて短い3日目が終わった。


 ──────────────────


 気がつくと僕は色のない世界に立っていた。

 目の前に広がるのは無彩色の街、ここは僕の住んでいる街だ。まるで時が止まっているように静寂に包まれている。


「誰かいませんかー!」


 僕は精一杯の大声を出した。街中に僕の声が反響していた。しかし周りに人の気配はない。


 とりあえず歩いてみよう。


 路地を抜け、至る所を探したが、何も無い。とうとう自分の家に着いてしまった。


「入れる、かな?」


 ドアが開いた。家の中は何ら変わらず、いつもと同じ間取りで家具の位置も同じだ。違うのは色がないことだけ。僕は自分の部屋に行ってみる。


 ブワッ!


 .........え?扉を開けた瞬間、風に乗った花弁はなびらが僕の周りに舞った。そこには色とりどりの花が一面に咲いた広い丘が広がっていた。ここだけ色があった、何色も、欠けているものは何も無い、ただただ美しかった。


 スイートピー、ネモフィラ、カンパニュラ、アジサイ、シオン、ハナニラ、アイリス、本当にたくさんの花が咲き誇っていた。全部僕の好きな花だ。僕は花を踏まないよう、足を進ませる。


 もう少しで一番高い場所に着く。上がっていくにつれて花の数も増えていって思わず笑みが溢れてしまう。夏に見れない、冬の花まで咲いていて本当に綺麗なのだ。


 丘の頂上に着いた。見渡す景色はより一層綺麗で、夢じゃなければ毎日見たいと思える。丘は案外高く、来た道を振り返るとその高さがよく分かった。

 圧巻だった、この景色はいつまでも僕の記憶に残るだろう。


 僕は丘を降りようともう一度振り返るとそこにはさっきまでは無かったはずの扉が目の前に現れた。


「えっ?」


 思わず声を出してしまった。扉だけがそこにあるのだ。少し厚い、大きな扉だった。


 僕はその扉をゆっくりと開ける。


 キィ...。


 軋むような音を立ててドアが開く。病院だ。それもあの「新しき夢」と同じ廊下だ。入ると、扉は自動的に閉まり、開かなくなってしまった。音が消え、また奇妙な感覚になる。さっきまでの景色とは対照的に、暗かった。


 あの時と同じように廊下を歩いて行こうとした時、


「目を醒ませ。.........まだ生きているだろ。」


 耳元でそう聞こえた、それも僕の声と同じ声で。


 ──────────────────


 .........目が醒めた。

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