第二話 「夢現」

 .........目を開ける。

 僕は目の前に映るその景色に唖然としていた。


「また、病院...。」


 僕はまた、昨日の夢と同じ暗い病室に立っていた。しかし、昨日いた病室とは違うようだ。周りを見渡しても何もなかった。机の上の便箋も栞も、窓を殴りつける雨の音も、座っていたはずの「僕」も、何もかも消えてなくなっていた。あるのは患者のベッドとそれを隠すカーテン、横には椅子と机だけ。今は使っていない病室なのだろうか。

 変化がないか、少し待ってみるが、特に何も起きない。僕はただ音のない空間に立ち尽くしているだけだ。何か起こらないか探るため病室の外に出てみる。


 病室を出てすぐにこの病室のネームプレートを確認した。予想通り何も書かれていない。やはり、使われていないようだ。他の病室にも名前はない。念のためそういう些細なことでも記憶しておく。


 引き続き探索を続ける。奥に続く廊下は真っ暗。火災報知器の赤いランプなどの小さな光のおかげでなんとか見えるくらいだ。


「怖いな...。」


 僕はゆっくりと廊下を歩いていく。


 ───数十分後───


 僕は未だに歩き続けている。まだ醒めないのか、とさすがに好奇心よりも恐怖と精神的な疲れがまさってくる。


 ここまで歩いて分かったことは、どこの病室も名前が書かれていないこと、廊下が続いていること、そして足音も、風の音も、が聞こえないことだ。

 壁を叩いたり大げさに足踏みをしてみたりもしたが、やはり音はない。しかし、僕の発した声だけは聞こえるのだ。感覚としては音楽を聴かずにヘッドフォンをつけているような感覚。もうかなり気分が悪い。その時、


「.........ぃ...。」


「―――ッ!?」


 音の無い世界に、微かに誰かの声が反響した。僕は不覚にも驚いて体をってしまった。


「た............っ...よ...。」

 

 また聞こえた。僕は音の無い世界にフラフラしながらも、声のする方へと歩いていく。


「............さい...。」


 近づくにつれだんだん声が鮮明に聞こえてきた。


「ここだ、この病室だ。」


「い...て...。」


 目の前の病室から女の子の声が聞こえる。怖くはあったが、意を決して静かに扉を開ける。途端に音が戻り、僕の目には美しすぎる風景が入り込んできた。


 そこには数えきれないほどの花と押し花の栞が飾られていた。窓からは眩しい陽の光が、暖かい風が、とにかく全てが美しい。さっきまでの廊下とは真反対な、希望に満ちた部屋だった。僕はその明るさに目が眩んだが、部屋いっぱいに広がる景色に強く感動していた。


 声の主は、と僕が一歩踏み入れたその時、


「ありがとう。」


 凛々しく、はっきりとした清々しい声で、僕は夢から醒めた。

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