伯爵家を追放された青年は成り上がる。

TMt

第1話 成人の儀式

広大なリューベック伯爵家の屋敷は、壮麗な建築美を誇る古い石造りの建物で、庭園には四季折々の花々が咲き乱れ、噴水が静かに水をたたえている。屋敷の周囲には高い塀が巡らされており、外界との隔絶を保つかのように、内側の静寂を守っていた。


その屋敷の一角、家族の住む主館の奥にある広間は、今日特別な緊張感に包まれていた。部屋の中央には豪華な天蓋が施された儀式用の椅子が置かれ、その周囲を取り囲むように家族や召使いたちが整然と並んでいる。


壁には先祖代々の肖像画がずらりと並び、天井には天使や神々が描かれた美しいフレスコ画が広がっている。ここはリューベック家の伝統と栄光を象徴する場所であり、今日の成人の儀式もまた、その歴史の一部として記録されるのだ。


アレクシス・フォン・リューベックは、緊張した面持ちでその広間に立っていた。彼は伯爵家の側室の子として生まれ、主室の子供たちとは異なり、厳格な継承権を持たない立場にあった。しかし、それでも今日の儀式は彼にとって一生に一度の重要な瞬間であり、どのような職業を授かるかが彼の今後の人生を大きく左右する。


アレクシスの父、リューベック伯爵は広間の最前列に座り、威厳をたたえた姿で息子を見つめている。伯爵は壮年の男で、整った顔立ちに鋭い眼差しを持ち、その風格はまさに一族の長としての風格を備えていた。彼の隣には主室の妻であるマルガレータが座り、その横には二人の兄弟が控えている。


マルガレータは気品あふれる美女で、長い金髪を高く結い上げ、美しいドレスを纏っていた。彼女の二人の息子たち、アレクシスの異母兄弟であるアンドリューとマクシミリアンは、それぞれ騎士としての訓練を受けた優秀な若者であり、既にその才能を伯爵家に認められていた。


一方、アレクシスは側室の子として、常に一歩引いた立場にあった。彼の母であるエリザベスは、かつては伯爵の寵愛を受けた女性であったが、今では彼女もその地位を失い、息子と共に隅に追いやられている。エリザベスは美しい容貌を持ちながらも、どこか儚げな雰囲気を漂わせていた。


広間の端には召使いたちが控えており、その中にはアレクシスに幼い頃から仕えてきた老執事のセバスチャンも含まれていた。セバスチャンは白髪混じりの髪を整え、いつも通り冷静沈着な表情を保っていたが、今日はどこか緊張感を漂わせていた。


「アレクシス、こちらへ」


伯爵の厳かな声が広間に響き渡る。アレクシスはその声に応じて、儀式用の椅子にゆっくりと歩み寄った。周囲の視線が一斉に彼に集まり、重圧が増すのを感じる。彼は深呼吸を一つして、心を落ち着かせた。


儀式を司る司祭が、荘厳な装束を纏い、アレクシスの前に立つ。彼の手には古びた聖書が握られており、そのページを慎重に開きながら、儀式の言葉を唱え始めた。古代の言葉が広間に響き渡り、その神秘的な響きに、全員が神聖な雰囲気を感じ取る。


「アレクシス・フォン・リューベック、汝に与えられる職業は……」


司祭の声が一瞬途切れ、全員が息を飲んでその言葉を待つ。アレクシスの心臓は高鳴り、鼓動が耳の中で響いていた。やがて、司祭の声が再び響く。


「剣星(けんせい)!」


その言葉が告げられた瞬間、広間は一瞬静まり返った。誰もがその聞き慣れない職業名に戸惑い、顔を見合わせる。剣聖ではなく、剣星という言葉に込められた意味が誰にも理解できなかったのだ。


最初に声を上げたのは、アレクシスの兄、アンドリューだった。


「剣星……?それは一体何だ?」


彼の眉がひそめられ、その瞳には明らかな失望と疑念が浮かんでいた。伯爵もまた、不快そうに顔をしかめ、司祭に向かって問いただした。


「司祭よ、その職業は一体どういうものなのだ?我々は英雄クラスの職業を期待していた。剣聖であれば文句なしであったが、剣星とは聞いたこともない」


司祭は冷静な表情を崩さず、静かに説明を始めた。


「剣星は古代の文献に記されている非常に稀な職業で、その詳細は未だに解明されておりません。しかし、その潜在能力は計り知れず、星の力を借りて特殊な剣技を操るとされています」


伯爵の声には明らかな怒りが込められていた。


「計り知れない、だと?それでは具体的にどう使えるのか分からないではないか!」


アレクシスは冷静に答えた。


「父上、私は努力します。剣星の力を解明し、家の名誉を守るために全力を尽くします」


しかし、その言葉は伯爵の怒りを鎮めるには至らなかった。伯爵は厳しい表情で言い放った。


「努力などでは済まされぬ。お前は家の期待を裏切ったのだ。お前にはこれ以上、この家にいる資格はない。直ちに出て行け」


その言葉に、アレクシスは深い衝撃を受けた。追放されるとは予想していなかったが、伯爵の決意は揺るがなかった。エリザベスは涙を浮かべながら息子を見つめ、何も言えずにその場に立ち尽くしていた。


アレクシスは一礼し、儀式用の椅子を離れて部屋を後にした。彼の心には悲しみと怒りが渦巻いていたが、それでも彼は前を向いて歩き続けた。家族の期待を裏切ったことへの後悔と、自分自身の力を証明するための決意が、彼の胸に強く刻まれた。


広間の外に出ると、老執事セバスチャンが静かに待っていた。彼は無言でアレクシスに頭を下げ、共に屋敷の門を出る準備を始めた。アレクシスはその背中を見つめ、心の中で新たな決意を固めた。


「セバスチャン、私を信じてくれるか?」


セバスチャンは静かに応じた。


「もちろんでございます、アレクシス様。私は常にあなたの味方です」


その言葉に、アレクシスはほっと胸を撫で下ろし、感謝の気持ちを込めてセバスチャンに微笑んだ。


「ありがとう、セバスチャン。これからどうするか、考えなければならない」


アレクシスは決意を込めて言った。


「まずは、私の力を確かめるために、冒険者ギルドに行こうと思います」


セバスチャンは敬意を込めて頭を垂れた。


「かしこまりました。私はあなたのお供をいたします」


アレクシスは頷き、屋敷の門を出ると、新たな旅立ちの一歩を踏み出した。追放という厳しい現実を前にしながらも、彼の心には強い決意が燃えていた。


伯爵家の壮麗な屋敷を背にし、アレクシスとセバスチャンは冒険者ギルドを目指して歩き始めた。彼の目には未来への希望が映し出されていた。どのような困難が待ち受けていようとも、アレクシスは自分の力を証明し、再び伯爵家に認められるために戦う覚悟を決めていた。


広大な庭園を抜け、街の喧騒が聞こえる道を進むと、アレクシスの心には新たな冒険への期待が膨らんでいった。彼の旅は今、まさに始まったばかりだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伯爵家を追放された青年は成り上がる。 TMt @tmt_free

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る