幽霊からのSOS

伝々録々

幽霊からのSOS

 月明かりが薄雲に滲む夜。


 ふと思い立って、僕は近所の廃墟を探索することにした。眠れずに時間を持て余していたからだ。もしかしたら不法侵入になるのかもしれないけれど、それを誰かが問題にするとは思えない。


 問題の廃墟は昔学校だったところだ。建物はいかにもという校舎の形をしていて、窓ガラスのほとんどが割れていた。


 まさしく幽霊が出てもおかしくない雰囲気だ。

 僕は少し期待して廃墟探索を開始した。


 行儀良く玄関から入る必要もなさそうなので、適当な窓から教室に侵入する。室内には机も椅子も掲示物も一つもないが、きれいさっぱりという感じでもない。舞い込んだ砂埃でひどく汚れてしまっているせいだろう。


 だがそれより気になるのは黒板にかかれた落書きである。



『タスケテ』



 さて、これをどう解釈すべきだろう。

 僕はこれを描いたのが何者なのか推理してみる。


 考えられる可能性は三つだ。


 一つ目は、以前ここに侵入した何者かが悪ふざけで書いた可能性。

 だが個人的にその可能性は低いように思われた。


 何しろ文字が小さいのだ。


 もしイタズラなら、もっと大きく、おどろおどろしい文字で、いかにも心霊スポットという文字を書くに違いない。だが問題の『タスケテ』は小さく、細い線で綺麗に書かれている。悪戯だとすればセンスがない。よってそれはないだろうと僕は結論付ける。


 二つ目にあり得るのが、実際にここに誰かが閉じ込められていた可能性。


 しかしその可能性も高くはないように思う。

 この荒れ果てた廃墟ではどこからでも逃げられる。監禁するのは難しい。手足を縛られていた可能性もあるが、それなら文字が書けない。チョークを口にくわえれば書けるが、問題の文字は綺麗な文字なのでそれもないだろう。


 よって、僕は三つ目の可能性――幽霊が書いた可能性について考える。


 幽霊は物体に触れないと思われがちだが、ポルターガイストのように触れずとも物を動かすことはできる。それでいて、地縛霊のように手足を縛られたわけでもないのにその場所から逃れられないものもいる。


 それに、幽霊には足がない。

 今この教室には足跡がひとつもない。舞い込んだ砂埃の上を歩けば、少しくらい跡が残るはずだ。この『タスケテ』が書かれてから長い時間が経過していない限りは。幽霊の仕業だとすればそれに説明がつく。


 僕は廃墟の探索を続ける。

 どこかにあの『タスケテ』を書いた幽霊がいるかもしれない。


 別の教室に入ると、そこにも文字が書かれていた。



『サミシイ』



 やはりこれは幽霊の仕業だ。

 僕は確信する。そしてこれを書いた幽霊に会う方法を思いつき、黒板にチョークで文字を書き始めた。静かな暗い校舎にカツカツと音が響く。この音が肝だ。


 幽霊は寂しくて黒板にメッセージを残した。

 それなら僕がここにいることを音で伝えてあげればいいのだ。この静かな校舎に物音が響けば、メッセージを書いた幽霊も僕の存在に気づいてくれるだろう。


 しばらくすると、廊下の方から一人の女の子が現れた。ただしその体は半透明で、足がない。正真正銘の幽霊に違いなかった。


 そして女の子の幽霊は、僕にも足がないのを見て目を丸くした。

 僕は黒板に書いたメッセージを視線で示す。



『友達になってくれませんか?』



 彼女が笑顔でこくりと頷いて、僕はハッピーな気持ちになる。

 幽霊同士、きっと仲良くできるだろう。



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