短編「未来都市」
男はもう何日も砂漠を歩いていた。
彼が目指していたのは、巨大都市「ヴァルハラ」の関東ブロックである。
衣服はボロボロで、内部バッテリーが底を着きそうだ。破れた皮膚の隙間から、金属の内部がチラつくが、彼は気にする様子はない。
やがて、そびえ立つ三本の塔が目に入り、
「あそこに先生が、」と彼は呟く。
そのどれもが遥かに高く、頂上は宇宙空間へと達する。
地上には直径約三百mほどの基盤区画があり、そこからエレベーターが上空へと伸びて塔となっている。
さらにそのエレベーターから横に何層かの、薄い膜のような物が上空に拡がり、電磁気で浮かんでいる。
その膜それぞれの上に、軽量化された街が立ち、地上には人工の明かりが降り注いだ。
多段階層都市「ヴァルハラ」は、人類が宇宙に旅立つため、遺伝子を操作し、その適応段階に応じて、住まいと研究施設が作られた未来都市である。
第四階層では人の脳を融合させ、三つの脳、六本の腕を持つ一つの群体へと進化を促す実験が行われる。
繋がれた脳が大量の酸素と栄養を必要とするため、「母体」と呼ばれる数多の人間を用いて作られた一つの塊から、管を通して接種させ、彼らの生命の維持が行われる。
やがて進化したその群体は、元の体を破りすて、蝶が蛹から成長するように、酸素の少ない環境により適応する。そして第五層、宇宙に近い場所へと移住し、そこでさらに進化を促進させる実験を行う。
科学者や政治家はエレベーターを使って自由に行き来し、実験の成果を確認したり、失敗作を地上に投棄したりと、その管理を行っている。
その最下層、地球に残り続ける事を選び、共に滅ぶ事を選んだ者たちが住む第零層を目指して、男は歩みを進めていた。
そこにはかつて栄えていた町の面影はなく、今はスラムと計画に反対していたレジスタンスの拠点があり、時々、空から降ってくる異形の怪物を処理する者なんかもいた。地上にはもう久しく太陽の光は降り注いでいない。
男はあと数百メートルというところまで差し掛かっていたが、零地区の外部、廃棄物処理場を超えることができず、倒れてしまう。
砂漠と都市の間に広がる廃棄物処理場には、今日も人間たちの出したゴミが大量に運搬される。
このアイボ、という名前のつけられた犬型ロボットもそのゴミの一つだった。
アイボといってもアイボver.31.07。足の関節の継ぎ目は見えず、自生する金属の繊維でできた毛皮に身を包む。
未来に生きる人々に犬は珍しい。子供に人気の商品の一つだったが、次第に飽きられ、廃棄となる物は少なくなかった。
アイボver.31.07には、まだ稼働するだけの燃料が、僅かだが残されていた。ここが廃棄物処理場だと気づいた彼は、立ち上がり廃棄物の山を登り始まる。
そして、見つけた。倒れている男を。
可哀想だが、運ぶとなると労力がかかる。しばらくその顔を眺め、都市へと帰るため立ち去ろうとする。
都市の入り口の巨大な扉まで辿り着くが、その犬には入り方がわからなかった。登ろうとするが、有刺鉄線と電流が彼の侵入を拒む。
仕方ない、と男の元へ、トコトコと戻ることにした。
倒れている男にに手伝ってもらおう、と彼に搭載されたAIは考えた。
充電用のケーブルを腹から取り出す。規格が合っていればよいが。
彼に残された時間もそう長くはない。急いで男の体を探り、供給口を探す。
見つけた。彼のヘソにスライドするパーツがあり、それを横にずらすと中から供給口が現れた。動かし、はめ込もうとするが犬の足ではうまくいかない。
慎重に慎重に、その肉球でケーブルをはめ込み、自身の持つエネルギーを彼へと移した。
男は目を覚ます。足元にアイボが転がっている。へそのパーツがズレ、ケーブルが繋がれていることに気がつくと、それを直し、アイボを抱え、都市の入り口へと再び歩き始めた。
三メートルはあるだろうか、有刺鉄線の張り巡らされた巨大な扉の前に立つ。
男には会いたい者がいた。かつて自分を作ってくれた女性、先生だ。
人類の遺伝子操作が始まり、研究のため関東ブロックへと行ってしまった彼女が宇宙に旅立つのを防ぐため、ここまで辿り着いたのだった。
彼女がいなくては、自分が作られた意味はない。
意を決すると、男は有刺鉄線に手を伸ばした。
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