第6話◆ パーティ②
「きれぇーい」
「おまえ……。あ、そうだ、おまえ! 自分に解毒しろ!」
「げどくー? ほむ」
私は言われるままに、自分を解毒した。
私は正気に戻った。
「……」
「……」
「殿下……」
「なんだ……」
「とりあえず、おろして頂けますか……?」
「……おう」
私はそのまま……頭を抱えて俯いた。
かなりの失態を犯した。
さすがに落ち込んだ。
「ほら、とりあえず、歩け。侍女に風呂を支度させるから」
「申し訳ありません……。殿下のスーツも……」
「はは。一緒に風呂はいるか?」
「そんな御冗談はよしてください……」
「セシル」
呼ばれて顔を上げると、殿下の唇か、私の唇に触れた。
「な」
「さっきオレのこと、好きって言っただろ」
「い、言ってませんよ!? 嫌いではありませんが! か、神よ、お許しくださいませ!!!」
私が慌てふためいて祈ろうとすると、またチュ、とされた。
「あ……ああああ……殿下!! これ以上はおやめくださいね!?」
私は真っ赤になって恥ずかしいやら腹が立つやらで、冷静さを失った。
「ぷっ……。やっとお前の仮面の下が見れたぜ」
「な……な……」
「あの令嬢たちは許せないが、お前のこんな顔見れたのは良かった。少しだけ 情状酌量でもしてやるかな」
「あ……彼女たちはどうなるのですか」
「まあ、修道院だな。父上にその一族も調査を入れてもらってこの際に不正を行ってないか隅々まで調べ上げる。あんな子供を育てる家門はろくなことをしていない。社交界デビューしたてのピチピチなのに、失敗したな」
「少し厳しすぎです。私はそこまで怒っておりませんし」
「何を言う。お前だけの問題ではない。王族と同位、しかもオレの婚約者にあんなことをしたんだぞ。ごめんなさい、謝ってくれたからいいですよーではすまない世界だ」
「そういうものなのですか……」
「そういうもんだ。というか、お前もっと怒れよ、まったく。……ほら、行くぞ」
「ああ、お風呂……」
殿下に手を引かれて行った、休憩室でお風呂に入れてもらったあと。
「そういえば、司祭服が……困りました」
「大丈夫ですよ、セシルさま! こちらに着替えをご用意してあります!」
「え。ああ、これは……あの時のドレス!」
「殿下が、服が汚れたから着るしかないだろう、と用意するよう申し付けられました!」
侍女達の目がギラついている。私は怯みながら言った。
「ちょっと待ってください……! 神殿に怒られま」
「はーい! メイクもしましょうねー!」
侍女数人に寄って集って、私はドレスアップさせられた。
その手際は、私が口を挟めないほどの連携とスピードであった。
「できましたー! いかがでしょう!」
鏡に映った自分を見せられる。
「あ……」
自分ではない人間がそこに立っている。
濃さを感じない、可憐なメイクに、ウェーブを入れた銀の髪が水色のドレスに流れ落ちている。金の髪飾りに空色の宝石がいくつもついており、輝きをはなって、それを身につけている自分が、まるで物語の姫君のように見えた。
「まあー! もとからお美しい方だと思っていましたが」
「磨けば光りますわねえ!」
「あ、ありがとうございます」
さすがに照れる。
タイミング良く、ドアをノックして入ってきた殿下が、私を見て少し顔を赤くされた。
「いや、よく似合ってる」
「……どうも、ありがとうございます」
ふと、昔、ワンピースを与えられた時に馬子にも衣装と言われたのを思い出した。
そんな彼が似合ってると口にしてくれたのは、嬉しい。
顔を赤くした殿下もどこか嬉しそうに見える。
ただやはり……。
きれいなドレスを着せてもらって嬉しいのは嬉しいですが、あとで司祭さまに怒られるだろうな……。
でも着替えがないことと、相手の用意してくれた着替えを着ないのも失礼にあたる、か。
「ほら、パーティも時間が残り少ない。行くぞ」
「あ……やっぱり行くんですね」
「そう、やっぱり行くのだ」
*****
パーティ会場に戻ると、貴族たちの私を見る目が変わったような気がした。
”まあ、お美しい……会場のどの令嬢よりも可憐なのでは?”
”先程は聖女として当然のふるまいをされていたのに……バカな令嬢たちもいたものですね。どこの家門かしら”
”可愛らしいカップルですこと……将来が楽しみですわ”
陛下と王妃殿下も、
「ひどい目にあったね。大丈夫、ドレスのことは私も司祭を説得しよう。だいたい王子と婚約しているのにドレスが駄目、というのがおかしいんだ。それにしても人垣をこさえて聖女を隅に追いやり暴行するなど、あってはならんことだ。絶対に許さぬ」
「大丈夫? 少し酔っ払っていたでしょう? あの娘たちの家門は今後、王宮へのパーティは参加できないようにさせるわ。エリオット、よくやりました。セシル様、エリオットを褒めてやってくださいましね」
「はい、ありがとうございます」
別に私はドレスを着たいわけではないから、着なくてもいいのだけれど……婚約者として必要というならそれも今後は受け止めよう。司祭様の許可次第ではあるが。
でも、ドレスを着たら、エリオット殿下が嬉しそうな顔をしてくれた。
あの笑顔が見れるなら、また着たい……。
そうか、笑顔……。
殿下も私の笑顔を見たいと言っていた。
笑顔を見たいって、こんな気持なんだね。
その後、少ない時間の中で、踊りの輪に連れ出された。
「だから、踊れませんって」
「バラードだから平気だろ。オレに合わせて、だいだい同じように、動いてればいい」
よく、ダンスは男性の足を踏んでしまう、とか聞くので、私は下をむいて、殿下の足を踏まないように気をつけていた。
「おい……なんでずっと下向いてるんだ」
「足を踏んだらいけない、と思いまして」
「踏んでもいいから、顔あげろよ」
「でも」
「あーげーろ」
私は顔をしかたなく、あげた。
ヒールを履いているせいか、殿下の顔が近い。
そういえば、2年前、であった頃は私のほうが背が高かった気がします。
いつの間にか追い抜かれて……ずいぶんと背丈が伸びたものです。
「ほら、別に足踏まないだろ。このバラードなら大丈夫だと思ったんだ」
「本当ですね」
「踊れてないけどな。オレに引きずられてるだけで」
「……なんですか、それ」
私は思わず、つい思わず。そんななんでもない言葉で笑ってしまった。
「お、笑った」
「あっ」
「笑ったな?」
「笑ったかしれません」
「聖女様、神殿規則を破ったのか?」
「いえ、あなたは子供みたいなものですから、子供に微笑んだのです、私は」
……実際、彼は病人なので、実は微笑みかけても構わないのだけれど。
「同じ歳だろ! しかし、はは、やった。今日は良い日だ」
「私はワインを被りましたが」
「そうだった」
エリオット殿下は、踊り終えると、その一曲で満足した、と私を解放し、
「……ドレスじゃない服を用意しておいた。もう一度着替えて帰るといい」
と言った。
着替えたあと、殿下は私をファビンのいる控室まで送ってくださった。
「これからもよろしくな、セシル」
「はい、エリオット殿下」
ファビンの許に私を届けると、殿下は私の手の甲にキスをして帰られた。
その翌日、私は司祭様に舞踏会であったことは不問にする、と許された。
そして、おまえは少し自分に厳しすぎるよ、と逆に諭されたのだった。
あれ……私、もう少し自分を許して、良いのですか?
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