第5話◆ パーテイ①

 結局、ドレスは許可が降りなかった。


 あのドレスはどうなるのかしら。

 清貧を心がけるべき者なのに、あのドレスが無駄になってしまった事……さらに殿下の心遣いが無駄にしてしまった。


 聖女用の司祭服を着て、殿下の横に立ち、パーティに出席した。


 私達は婚約パーティを行っていないため、本日が貴族たちへの初お披露目である。


 エリオット殿下が病気だと知らない貴族たちは、次の王になるだろう彼に、次々に挨拶にやってくる。


「おう。よきにはからえー」(手ひらひら)


 殿下の挨拶は適当だったので、わりと挨拶の回転率は早かった。


「腹減った。なんか食べようぜ」

「はい」


 立食パーティなので、食べるものは選べる。

 なので、私も質素を心がけることができる……が。


「ちょっと、また……! 私のお皿に勝手に盛らないでください」

「ははは。盛った以上は食えよー。聖女さま。食材無駄にするなよー!」


 殿下は、暴食なさっている。

 私が頑健の魔法を流しているせいなのだけれど。

 頑健になるということは、身体のエネルギー使用量が増えるということだ。


 したがって、食べても食べても太らない。


「少し、席を外す!」


 つまり、お手洗いが増えます。


「はい、いってらっしゃいませ」


 彼がいない間に、時間をかけて、私の皿に盛られたサラダや肉をゆっくり食べる。



「こんばんは、聖女さま!」


 声をかけられた。

 気がつくと数人の女性に囲まれていた。

 まあ、人垣ができてしまったわ。


「はい、こんばんは」


 私は皿を一度テーブルの上において、彼女らのほうに向き、御辞儀した。


「聖女さまって、将来、離教なされるの?」

「不躾なお話、今のままご結婚されると、ほら……お世継ぎどうされるのか気になって」


 本当に不躾な話だった。


「それは、私からお話できることではありません。王家と神殿で話し合いがなされることでありますし、知っていてもお話することはできません」


「まあ……。ご自分のことなのに、ご存じないんですの?」

「聖女の方って本当にニコリともなさらないのね。こんな愛想もない方では殿下をお慰めできないのでは……?」


 この会話に意味が感じられない。

 こんなことを話してなんになると言うのだろう。

 

 私を貶めることが、パーティの余興なのでしょうか。

 それとも不快な思いをさせて、私が殿下の婚約者をやめる、と発言させようとしているのでしょうか。


 私は眉間に皺を寄せた。


 教え説かなくては。


「あなた達は貴族であり、国の上層階級に位置される御方たちでしょう。

 中には将来、国の政治に関わる子を産み育てる方もいらっしゃるでしょう。

 その母となる者が、このような下品、そしてルールを脅かした話題を口にするなど……まったくもって嘆かわしいことです。自戒なさるとよろしいでしょう」


 バシャッ!!


 私がその言葉を伝えた瞬間、令嬢たちの顔は鬼のような形相になり、私に一斉にワインを浴びせた。


 なんてことを……!


「ワインはこんな事をする為に作られたものではありませんよ……!」


「キーッ!! 何よこいつ! 私達はそんな話をしにきたんじゃないわよ!」

「あんたなんかが、国母になるなんて耐えられないわ! 何よ、偉そうに! もとは平民だって言うじゃない!」


 ああ、そうか。

 彼女たちは、自分たちが高貴な血であるにも関わらず、王子に選ばれずに、私のような平民出が聖女な為に自分たちよりも位が上で更に、将来の王配になることに耐えられないのか。


 どうすれば彼女たちを落ち着かせることができるだろう。

 それに、ワインが。

 丹精こめられて作られたであろうワインがこんな……無駄なことに!


 こうしている間にも、私はワインを浴びせられ、白かった神官服は今やブドウ色だ。


 ひっく。


 あ、いけません。

 えっと解毒でよかったかしら、お酒って。


「あなら達はプライドが傷ついてひるのですね。どうしゅればお慰メェすることれきましゅか、わらひには、わかりましぇんが。ワイン、なげつけりゅのは、神がお許しにゃりましぇーんよ」


「聖女酔っ払ってるじゃない!」

「良い気味!」


 ケラケラと笑い声が聞こえる。どうして楽しいのかしら。


「何やってる!! 貴様ら!!」


 エリオット殿下の声が聞こえたかと思ったら抱き寄せられた。


「でんあー。スーツ汚れまふ……」


 私の言葉は無視し、殿下は令嬢たちに怒りのこもった目を向ける。


「おまえら、全員許さないからな……!」


「ひっ」

「で、殿下、これは違いますの……」

「これはちょっとした余興を聖女さまに」


「衛兵、こいつら全員ひっ捕らえろ!」


「えいせいへいーえいせいへいー?」

「お前はもう黙ってろ!! くっそ、そうか。ホールには護衛が入れないから狙われたな……!」


 殿下はそう言うと、私を横抱きにし、ホールを飛び出し小走りに暗い廊下を進んだ。


「着替えるぞ」


「ふぁふ」


 私は抱き上げられて、そのまま自ら殿下の首に手を回してギュッと抱きついた。


「わーい、たかいたかーい。れんか、だいしゅき」

「なっ!? と、とにかく、出るぞ!」


 暗い廊下には、並ぶ窓から月明かりが差し込み、満点の星空が見えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る