第4話◆ ドレス

 殿下の身体は悪化しながら、私の治療と維持の頻度は上がりながら時は流れる。


 12歳になる頃、殿下が社交界デビューされることになった。

 私は婚約者なので、当然、パートナーになるのだが――。


「ちょっと、待ってください。これ……宝石とかついていて、生地もなんですかこれは、フワフワしていて上等な……。私はこれを着用するわけにはいきません!」


 青い宝石が散りばめられ、すばらしい金糸の刺繍の入ったドレスが

 私は珍しく強い口調で申し立てた。


「じゃあ、どうするんだ。まさか見窄(みすぼ)らしいあの神殿服で舞踏会に参加するつもりか!」

「……そ、それは。司祭様に相談申し上げて、上級職の制服をお借りすることができれば」

「それでダンスを踊ると!?」

「踊るつもりはありませんでしたし、そもそも、踊れません」


「………まじかよ」


 殿下は、額に手を当て、天井を仰いだ。


 しばし無言が続いたあと。


「おい、おまえ!!」


 私の護衛騎士のファビンを指さした。


「は、私に御用でしょうか」


「司祭に許可とってこい!! 今すぐにだ! 馬は貸してやる!!」


「恐れながら、私はセシルさまの騎士であり、神官であります。エリオット殿下のご命令を受けることはできません」


 ファビンが丁重に断る。


「セシル、お前がそいつに言え!!」

「む……無理です。私にはこのような装いは……」


「わかった!! もういい!! お前がドレスを着ないならオレはパーティにでない!!」


「え」


 エリオット殿下は、お怒りになられ、部屋を出ていかれた。


 今まで、割とズケズケと私は彼に言葉を言い放ってきたけれど、ここまで怒ったことはなかった。


「あの……発言をお許しください、聖女さま」


 控えていた侍女が小さい声で恐る恐る言った。


「はい、どうぞ」


「このドレス一式…… カタログから簡単に選んだわけでも、デザイナーに丸投げしたわけでもないのです。殿下がデザイナーを呼び寄せて、共にデザインされ、貴女に似合うようにと数週間かけ……宝石もひとつひとつ、お選びになっていました。そして自分の色を入れるのだと、金糸も拘られて……。お受け取りは難しいかとは思いますが……その、一日だけ着用する許可など神殿でお取り頂けないのでしょうか」


「……」


 侍女は少し泣きそうな顔をしていた。

 その姿に、そして、まさかの殿下の心遣いに、罪悪感を感じた。

 私は、聖女として当然の理を守ろうとしただけなのに、胸が痛い。


「教えてくれてありがとう。殿下はそこまで一生懸命にこのドレスを用意してくれたのですね……ファビン」


「はい」


「……司祭さまにお伺いしてくれる?」


「貴女がそう、仰るのでしたら」


 ファビンはすぐに出ていった。


 改めてドレスを眺める。

 

 最近、私は城を訪れる頻度が上がっている。


 頻繁に処置しないと、殿下の身体を保てなくなってきているからだ。

 それを知らない彼は、短期間の公務(プロジェクト)もいくつかは任されている。

 忙しいはずだ。


 その合間をぬって、こんな……。


 私は、侍女に言った。


「あの、着せてもらってもいいです?」

「よろしいのですか?」


「ファビンが帰って来るまでに、結構時間がかかると思うので。もし許可が降りなかった場合、殿下に申し訳がないので。髪や化粧のセッティングは無しなら、彼が帰って来るまでに、殿下にお見せすることはできるかしら?」


「おまかせください……!」


*****


ドレスを本当に「着る」だけの状態で、私は殿下がいらっしゃるだろう執務室へ向かった。


殿下はふてくされて、ソファで寝っ転がっていた。


「あの、殿下」

「ふん、お前か。いいか、オレはまだ怒って――」


「……ファビンを先程神殿に向かわせました。彼が今、いないので……もし許可がとれなかった場合を考えて、着てみたのですが」


「……あ、あ。そうか。うん。似合ってるんじゃないのか」


「あの、あなたのお気持ちを考えない先程の発言は大変失礼をしました。でもお伝えしたとおり、私の一存では決めてはならないことで……」


「オレも悪かった。ごめんな」


 そう言って、彼は私をハグした。


「殿下」


「今はファビンいないんだろ。この部屋も誰もいない。大体、婚約者にハグしてはだめ、とかどういう事なんだよ。お前が嫌がってるわけでもないのに」


「いけません、神様が見ていらっしゃいます」


 そう言うと、彼は私から、離れた。


「神様に見られたからってなんだって言うんだよ。……神はなにもしないだろ。良いことも悪いことも」


「殿下、いくら殿下でも、それは……」


「お前は、オレより神様なんだよな」


 私は答えあぐねた。

 仲直りできるかと思ったのに、余計にこじれていく話に不安が生まれた。


 婚約は彼のわがままから始まったもので。

 私としては彼を治療するだけの立場のつもりだった。


 なのにいま、彼の心が遠くへ行きそうなことに戸惑っている。


「いや、悪かった」


 彼の手が、私の目元に触れた。

 私はどうやら、泣いていたようだった。


「ドレスもお前に相談なく作って悪かった。わかってたのにな、お前がなにかにつけて神殿の許可が必要だってこと。いいぜ。神官服でこいよ。踊らなくてもいい。街祭りのダンスとは訳が違うしな。ただ、立食は付き合えよ!」


「はい、それは大丈夫です」

「うむ!」


 満足そうに頷いた殿下は、もういつもの笑顔だった。

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