第3話◆ ピクニック

「キャンプにいく!」

「キャンプはダメです」


 今日の授業で冒険者ギルドの話がでた。

 その際に、冒険者が目的地に向かう時に、テントを張り野営する様子の絵が教科書に出てきた。


 それが原因である。


「一般人が使用する三角テントで野営する一国の王子がどこにいるんですか」

「ここにいる!」

「エリオット殿下。なりません。きっとそれは陛下もお許しになりませんよ」

「許可とってくる!!」


 執務中の陛下のところへ突っ走っていく殿下。

 お身体がー!


 頑健向上(健康にして元気を出すエンチャント)をかけているとはいえ、そんなテンション高く飛ばさないで欲しい。


「お、お待ちください!」


 追いかける私と教師。

 追いつけない、足早い。


「ぜー、はー……」


 私と教師が長い廊下でこれ以上走れないと、息を切らしていると、息ひとつ乱してない殿下が仏頂面で戻ってきた。

 ……回復と浄化、そして頑健向上の魔法のせいで、逆にその身体のポテンシャル以上のことをしてしまうのか……。

 困ったものだ。


「……許可とれなかった」


「そりゃ、そうでしょう……」


「だが! ピクニックなら許可がでた! 行くぞ! セシル!!」

「もう、お昼回ってますが」

「む……。ならば、明日だ!」

「陛下の許可がでたのなら仕方ありませんね」


 私はため息をついた。



*****


 次の日。

 エリオット殿下と私は約束通りのピクニックへ出かけた。



「そいっ!!」


 広い野原でブーメランを投げる殿下。

 ちゃんと戻ってきて、パシッと受け取る。

 手先は器用だし、運動神経もいいのよね。


「お上手です」


 麦わら帽子にまた新たな赤いワンピースを与えられた私は拍手した。

 こんな派手な装いをして司祭さまに怒られないかしら……。


「お前もやってみろ!」

「さすがに無理です」

「つまんねえええええ!!」

「申し訳有りません」


 私は婚約者であって遊び相手ではないので無理言わないでください。


 昼はピクニックシートを広げて、そこに座ってサンドイッチなどを頂く。

 ……豪華な肉が挟んであります。

 私、聖職者なのにこんなもの頂いていいのでしょうか……。


「食え! もっと食え!」

「勝手にお皿に盛らないでください」


 私の心と裏腹に、殿下は私のお皿にチキンを切って載せたり、フルーツを盛る。

 あああ……なんて、なんて嗜好品……!!


「おまえ、食わないからそんな細っこいんだろう!」

「特に問題があったことはございません」

「血色も悪い、バラ色の頬をめざしてみたらどうだ」

「粗食ではあっても栄養のバランスは悪くないはずです」

「つまんねえやつだなああああ!」


「エリオット殿下。常々、私をそのように仰いますが。私にも尊厳というものはございますので、少しお控え頂けませんか」

「ん、怒ったのか?」


 キョトンとした顔で聞いてくる。


「いえ、怒るほどではありませんが」

「そっか。気をつける」


 いきなりの素直……。意外でした。


 私は食べるのが遅く、待っていられなくなった殿下は、1人で野原を歩いていき、しばらくすると座り込んだ。


 食べ終えて私が近づくと

「できた」

 といって、花冠を私にかぶせた。


「……まあ。殿下は本当に器用でいらっしゃいますね」

「おう! オレはなんでもできる! お前も作ってみるか?」


 絵本などで良く見た花冠。

 一度作ってみたいとは思っていましたので、教えて頂くことにしました。


 2本ほど、花を束にして、その後は一つづつ巻きつけるようにして作っていき、最後は輪っかにして完成。


「簡単だろ?」

「はい。まあ、こんなに簡単でしたのね。では失礼します」


 私は自分の作った花冠を、殿下にかぶせた。


「あっ、お前。このオレの頭に花冠なんか!」

「お返しのつもりだったのですが、いけませんでしたか」

「オレの頭は、いずれ父上のような王冠が輝く場所だぞ!」


 ――。


 その日が来ないことを、私は知っている。

 少し言葉が出なかった。


「……そうですね。それは失礼しました」


 殿下から花冠を取り下げようと、手を伸ばしたが、拒否された。


「だが、これはこれで、嫌いではない」


 面倒くさい人ですね!?


「そうですか。ではお好きなように」

「おう」


 そう言って、私の膝に頭を乗っけて転がった。


「そのようなことをされるなら、一言、断ってくれませんか」

「膝枕しろ。後出しだが言ったぞ」


 私はため息をついた。


 殿下は真っ青な空を眺めている。


「今日の空の色はお前の瞳の色に似ている」

「そうですか? そうかもしれません」


「……オレは空が好きだ。オレはまだ属性に覚醒していないが、できたら風がいい。空を舞ってみたい」

「光属性でも飛べるでしょう? 殿下の場合、光属性の可能性が高そうです」


 王族はいろんな属性の血脈を取り込んではいるが、光属性に目覚めることが多い。

 極めると自分の魔力だけで軍を作り上げ、魔力量によっては1人で戦争できる魔法術もあるとか。


「まあ、それでもいいがな。でも風がいい。きっと風になる。オレにはできないことはない」

「授かりものの属性までご自分で自由になされると?」

「ああ、そうだ。オレは何でもできる」


 自信家ですね。

 

「それにしてもお前と婚約してから体調が良い。前まではしょっちゅう倒れていたのだが」

「そうですか。そういえば、お会いしてからめいいっぱい動かれてますね。お体弱いとお聞きしていたのに」

「体質が変わったのかもしれん」

「……そうですね」


 しばらく、無言になっていたが、また殿下が口を開いた。


「……出来ないことがあったことを一つ思い出した」

「まあ、なんでしょう」


「お前を笑わせる事が、できない」

「――」


「……おまえ、笑えよ」

「殿下、申し訳ありません。私達、聖女が微笑みを許されるのは、年端もゆかぬ子供と老人そして、病人のみ……なのです」


 私達聖女は、貴族や王族とは違った意味で、高貴な存在でなければならない。

 そのために、心を砕いた表情を他人に与えては、ならないのだ。

 優しく、強く、ただし他者を寄せ付けない。


 殿下は病人ではあるのだが、周囲がそれを本人に知らせないため、私も微笑むことはできない。


 考えたことがなかったが、そう言われて私は気がついた。

 私は殿下の身体を保つことはできるが、心を支えることに関しては、役不足であることを。


「知ってる。けど、いいじゃないか。ここには口の固い侍従しかいないし――ああ、お前の騎士がいたか」

「申し訳ありません」


「いや、仕方ないよな。今言ったことは忘れろ! ……さて、そろそろ帰るか!」


 そう言って殿下は立上がって、身体についた草を払った。

 その顔は爽やかな笑みを浮かべていた。


「はい」


 私は答えたが、微笑みを返せないことに胸にチクリと痛みが走った。

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