第35話 魔王、再戦。そして、成敗。

「さあ、とっとと魔王をしばきにいきますわよ。そして、父をぶっころーす!」


 父への殺意に燃える私にとって、魔王などという雑魚に無駄な時間を使っている余裕はなかった。スケイリアとカークライトはやれやれと言った感じで肩を竦めるが、魔王討伐依頼を達成する邪魔にはならないと思い、放置するようにしたようだ。――もっとも、その時の私は、そんなことも気付いていなかったのだが。


「スケイ、やっちゃってください」


 魔王城の入口の前に来た私は、いつものようにスケイリアに扉を破壊するように命令する。しかし、その気配を察したのか、突然、ギギギギ……、と重苦しい音を立てて門が開いた。


「あら? 開いてしまいましたわね。ちょうどいいから、このまま中に入りますわよ」

「「かしこまりました。お嬢様」」


 魔王城に入った私たちは、ずっと警戒しっぱなしだった。何故なら、魔王城の廊下には、大量の魔族や魔物たちがいたからである。廊下の左右に整列して……。


「いったい、どういうことなのでしょうか……。スムーズに先にいけるのですけれども……」

「お嬢様、俺が前に行きます」

「お嬢様、私が後ろを守ります」


 スケイリアとカークライトが私を挟むようにして先へと進んでいく。しかし、彼らは一向に襲い掛かってくる気配がなかった。時々、私がちょっかいかけたりもするが、近くの部屋に逃げ込むだけだった。


「つきましたわ。ついてしまいましたわ……」


 そうして全く戦うことなく、魔王城の謁見の間までたどり着いた。扉の前に立つと突然ラッパの音が鳴り響き、重々しい扉が開かれる。謁見の間にはレッドカーペットが敷かれ、それが玉座まで続いていた。そして、玉座の前にはいかにも魔王といった感じの角を生やした男が、紫色の長髪をたなびかせて立っていた。


「ふはは、懲りずによく来たな人間風情が! お前たちも、あの盗賊のように……」


 何やら決めゼリフを言っていた魔王が突然、私の顔を見ながら凍り付いた。たっぷりと10秒ほど凍り付いたと思ったら、突然、私に向かって突撃してきた。そして、華麗なホップ・ステップ・ジャンプと共に私に飛びかかって押し倒した。


「きゃあぁぁぁぁ。変態、変態がいますわ!」

「おおおおお、ヴァネッサ。ヴァネッサではないか。パパはお前の帰りを首を長くして待っておったぞ!」


 抱き着いて押し倒したまま、顔を擦り合わせてくる。魔王の顎に生えた髭が剛毛過ぎて痛かった。


「痛いわ、ぼけぇぇぇぇ!」

「やめんか、クズがぁぁぁ!」


 私が殴って引きはがした直後に背後から裏拳を食らった魔王は、そのまま壁に叩きつけられた。


「あああ、ヴァネッサ、ヴァネッサ……ガクッ」


 そしてうわごとのようにつぶやきながら、力尽きた。魔王が力尽きたところで、前を向くと、そこには一人の魔族の女性が立っていた。彼女は、どことなく私に近い外見で、漆黒の長髪をまっすぐに下ろしていた。そして、私を見てニコニコと笑顔で首を傾げていた。


「あらあら、ホントにヴァネッサちゃんにそっくりじゃないの。驚いたわぁ」


 まるで友達とお喋りするかのように気軽な感じで話しかけてきた彼女に警戒していると、彼女もそれに気付いたようだった。


「あらあら、ごめんなさいね。私はブラックローズ。あそこでのびている甲斐性なしの妻よ」

「フローレス・ローズと申します」

「しかし、会えてよかったわぁ。あの子、駆け落ちのように出て行っちゃって帰ってこなくなっちゃったからね」


 その言葉に引っかかりを覚えたが、街で聞いた話と齟齬は無いように思えた。


「それは、母は父に攫われて奴隷のように扱われたってことですよね?」


 その言葉を聞いた彼女は目をパチクリとして驚いていた。


「あらあら、あの甲斐性なしの妄言が信じられていたなんて、びっくりだわぁ」

「も、妄言?!」

「そうよ、そもそもヴァネッサちゃんは、あなたのお父さん――ムサッシ・ローズに一目ぼれして、追いかけるように出ていったんだから。もちろん、あの人は反対していたわ。『アイツに付いていくつもりなら二度とうちの敷居はまたがせん!』なんて粋がってね。そのせいで、あの子は帰ってこなくなったの。もちろん、私とは手紙のやり取りはしていたわ。まったく、魔王城に敷居なんて無いのに、何言ってんのかしらね。あの人は……」

「そんな! それじゃあ、母は……」

「その様子だと最後まで幸せだったみたいね。まったく、いなくなって寂しいんだったら、あんなこと言わなきゃいいのに……」


 呆れたようにつぶやく彼女とは対照的に、私は怒りに震えていた。それも当然のことだった。それは嘘だからという理由ではない。母が父に攫われて凌辱されていたという作り話をでっち上げて、間接的に母を貶めたことが理由だった。


「光よ――」


 私は立ち上がると、聖女の力をナイフに付与する。そして、立ち上がって私に襲い掛かってこようとしていた魔王を正面から見据え――彼に向かって飛び出した。交錯する二人の身体。その決着は一瞬だった。


「成☆敗! キュピーン☆」


 その直後、魔王の首に横一閃に付けられた傷から血が大量に噴き出した。


「ば、バカな! 聖剣に、聖女の加護だと!?」

「お嬢様、相変わらずですね」

「もうちょっと、カッコいいセリフにすりゃいいのに」

「そこ、黙ってて!」


 驚愕に震える魔王と私を茶化すスケイリアとカークライト、そして二人を黙らせる私の声が交錯した。そう、私のナイフは実は聖剣なのだ。そして、私の前世は聖女。ゆえに、魔王を討伐するのに聖剣を携えた勇者も、聖女も不要なのであった。


「あらあら。やられちゃいましたわね、あなた。ムサッシとヴァネッサにもあっさり倒されちゃったのに、これじゃあ魔王の威厳もへったくれもありませんわね」

「う、ううう、うるさい! 黙っておれ!」

「はいはい、黙ってますわよ。でも、負けたんですから、あれはちゃんと渡さないとダメですからね!」

「わ、わかっとるわ! ヴァネッサの娘なら別に戦わなくてもいくらでも渡してやるわ!」


 私にあっさりやられた魔王を揶揄う彼女にたじたじになりながら、魔王は一枚の木の板を差し出してきた。そこには、「魔王討伐証明書」とだけ書かれていた。


「これは?」

「魔王討伐の証だ。ムサッシにも証明するものが欲しいと言われたんで作ってやったんだ。お前も同じだろう?」


 ムサッシに渡したものと同じ、と言うことは、王位継承に必要な依頼の品と考えて良いのだろう。そう思った私は、ありがたく受け取ることにした。


「さあさあ。これで用件は終わったでしょ。この後は宴会よ。もちろんフローレスちゃんも参加するわよね?」


 私は魔王を超える圧で尋ねられて、激しく頷くことしかできなかった。





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