第34話 魔王城手前の街

 ロックフェスの街から逃げるように出発して、街道沿いに北上していくと魔王城が見えてきた。


「あれが魔王城ですわね」


 魔王城は不気味な雰囲気……などではなく、白い壁の美しい城だった。例えるなら前々世の世界にあったノイシュヴァンシュタイン城のような感じである。しかし、その荘厳な雰囲気は明らかに魔王の城に相応しいものだった。


「お嬢様、あちらが魔王城の城下町であるマオウシュタインの街でございます」

「あれ? この街って名前付いているんですの?」

「何を仰いますか。あの城もノイシュマオウシュタイン城という名前がございますよ」


 明らかなパクリであった。しかし、よく考えたら、この世界は前々世の世界とは別なわけで、パクリとは言い切れないんじゃないかと思い始めていた。


「なんでも、異世界から召喚された勇者の召使いの言葉をもとに名付けたそうです」

「それはアウトォォォ!」


 それは完全なパクリであった。しかも、異世界から召喚しておいて召使い扱いとか酷すぎである。


「王家は自分たちが勇者であるというプライドだけで生きていますからね」

「プライドだけでイキれるほど図太いなら、プライドなんて要らないんじゃないかって思いますわ」

「まあまあ、お嬢様。街の名前に罪はありません」

「そ、そうですわね……。さっそく街へと向かいましょうか」


 私たちはさっそくマオウシュタインの街へと入ることにした。街は魔王城のお膝元にも関わらず。特に検問のようなものもなく、すんなりと入れた。


「危機感が無さすぎではありませんかね?」

「とはいえ、一応は門番もおりましたし、チェックはしていると思いますよ」

「うーん、普通に顔パスのような勢いで通されましたけれども……」


 そう、私が厳しいチェックを受けるものと思って門番の人に話しかけたのだが、私の顔を見た瞬間に驚いたような表情を浮かべて、そのまま「トオッテヨシ!」と言われたのだった。


「うーん、ローズ公爵家の令嬢のネームバリューはそこそこあるはずですので、無いとは言い切れませんが……。ここは王国ではありませんしね」


 何とも煮え切らない状態のまま、私たちは街の中を進んでいく。不思議なことに、待ちゆく人たちが私とすれ違った後で、ひそひそと話をしているのが不気味だった。


「とりあえず、宿の確保をしましょうか」

「そうですね」


 私たちは宿を探す。王国内ではないということも踏まえて、中の上くらいの宿を選んだ私たちは。カークライトに交渉をお願いすることにした。しばらくして、問題無い、ということだったので、3人で宿に入る。


「あ、ああ、あああ?! これはこれは。こんなボロ宿でよろしいのでしょうか?」

「いえ、ここがいいのですわ」

「そ、そんなもったいないお言葉を……ひ、姫殿下……」

「カーク、これは一体どういうことでしょうか?」

「私にもさっぱり分かりませんね。確認してみます?」

「……やめておきましょう。勘違いだったら、叩き出されそうな気がしますわ」


 私は独り感涙にむせぶ宿の店員を置いて部屋へと向かった。


「いよいよ、魔王城ですね。お嬢様」

「すぐに向かいますか?」


 スケイリアとカークライトの言葉に私はしばし考えた後、かぶりを振った。


「いいえ、しばらく滞在しましょう。この街の人たちの反応が気になります」

「そうですね。何やら不穏な気配を感じます」

「そうかぁ? 別にお嬢様に敬意をもってるだけのように見えるけどな」

「スケイ、それがおかしいのですわ。私はこの街に来たのは初めてですし、王国ではないのでローズ公爵家と関わりがあるとも思えません」

「ですね。にもかかわらず、お嬢様を見て明らかに動揺をしております」


 翌日、私たちは街へと繰り出した。しかし、私は、宿を出て繁華街に入ってすぐにもっと慎重になるべきだと後悔することになった。今、周囲には肉串の匂いが充満していて、私の食欲を大いに刺激していた。


「こちら、タダの肉串ではありませんわね……」

「お、お嬢ちゃん。さすがだね。こちらはデモンズボアの肉を使ってんだ」

「えっ? それは魔物ですわよね?」

「ああ、そうだ。普通に食べるのは難しい食材だが、姫様に直接教わったんだぜ」


 自慢げに語る主人を見ながら、騙されたと思って10本ほど買うことにした。最初は20本にするつもりだったのだが、カークライトに睨まれたため、半分で我慢することになってしまった。


「それでは……、10本いただけますか?」

「まいどあり、1本40ゴールドだ。これは姫様も大好物……。えっ? ひ、姫様?! いや、そんなはずは……」


 顔を上げて私を見た店員は、驚いた顔をして明らかに動揺していた。姫様と呼んでいるが、明らかに私ではないことが分かる。


「は、はひぃ。こ、こちらでございます」

「えっと、10本で400ゴールドですよね?」

「い、いえ、今日は特別サービスで、無料になっておりやす」


 突然、タダでいいと言い出した店員に困惑しながら、私はそれとなく問いただすことにしてみた。


「無料という訳にはいきませんでしょう? 1本40ゴールドって仰ってましたよね」

「い、いえ。姫様……ではないのでしょうけど……。あなたからはお金をいただけません」

「さっきから、姫様と言っておりますが、どういうことでしょうか?」

「姫様は、姫様だ。魔王様の娘、ヴァネッサ様のことだよ。かなり昔に国外に嫁いでいったって噂だ」


 ヴァネッサ、という名前には聞き覚えがあった。それは今は亡き、母の名前であった。


「それで、アンタの顔。ヴァネッサ様と瓜二つじゃねえか。そんなお方からお金なんていただけるわけねえでしょ」

「確かに、私の母はヴァネッサという名前でしたが……」

「そうだろうよ。お顔を見なくなって10年以上経つが忘れるわけがねえ」

「私の名前はフローレス・ローズ、ヴァネッサ・ローズの娘ですが……」

「ローズ?! もしかしてムサッシ・ローズの野郎を知ってるのか?」

「えっと……。私の父ですけども」


 父親の名前が出た途端、店員は険しい顔になる。


「何と言うことだ! ヴァネッサ様はあの鬼畜野郎に手籠めにされていたのか!」

「どういうことですか?」

「どうもこうもねえ、ヴァネッサ様は鬼畜野郎ムサッシに攫われたんだ。それから音沙汰がないと思ったら、ヴァネッサ様は鬼畜野郎に調教されて性奴隷にされていたんだな!」


 その後の彼は、恐ろしいほどに饒舌だった。まるでタチの悪い官能小説のような子供にはとても聞かせられない卑猥な母の物語を延々聞かされる羽目になった。


「……それでだ。結婚したと言いつつも、実際には奴隷のようなものだったってことだ」


 母は幼いころに亡くなっている。しかし、そのような話は聞いたことが無いと、彼に言うが、複雑な笑みを浮かべながら私の言葉を否定する。


「そりゃあ、そんときゃ嬢ちゃんも子供だっただろ? こんな話、できるわけねえじゃねえか」

「「……そんな話、聞いた事ねえな」」


 彼の説明には説得力があり過ぎた。父に対する怒りが天元突破し続ける私に、スケイリアとカークライトの言葉は耳に入ってこなかった。

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