第33話 ロックの街 ロックフェス

ロックフェスの街を訪れた私たちが最初に目にしたのは、夥しい数のテントだった。テントとは言っても、だいぶ使い込まれてボロボロに見えるそれは、傍から見てもとても人が住むように思えなかった。


「あれは、難民たちですか? あんなにたくさんの難民がいるのに、領主は何をやってるんですかね?」

「いえ、彼らはイベントのためにやってきた観光客だそうです」


難民として避難してきた人たちを冷遇する領主に憤る私の言葉に、カークライトは落ち着いた様子で答えていた。


「観光客? なんで観光客が宿にも泊まらずにテント生活をしているのですか? おかしいのではないですか?」


私は彼の言葉に疑惑と、成敗の予感を感じながら問い詰める。しかし、そんな私の様子にも眉一つ動かすことなく、冷静沈着を保っていた。


「彼らはイベントのために最適な場所を確保しているのです。イベントは複数の会場で同時に行われるらしく、目当てのイベント会場を最短で回れる場所を確保するために、こうして競うようにテントを張って場所取りをしているようなのです」

「まぁっ、そんな恐ろしいことを……って、それ本当ですか?」

「疑われるのも無理はありません。私も最初に聞いた時は耳を疑いました……。たかが音楽イベント程度で、そこまで必死になるなどと……」


なおも疑いの目を向ける私に、彼は遠い目をしながら答える。


「ですが、お嬢様。くれぐれもご注意ください。たかが音楽イベントだと言って関わると思わぬ反撃を受けます……」

「ちなみに、その音楽イベントはいつから始まるのでしょうか?」

「三日後です」

「えっ?! 三日後? 三日間も何もなくテントで生活すると言うのですか? 正気とは思えませんが……」

「彼らにはそうではないようです。実際に聞いたところ、いい場所は一週間前には確保されていたようなので……。かといって、誰もテントにいなければ撤去されてしまうとかで、常に見張りのような人間がテントに常駐している状態でございます」


難民でもない人たちが、挙って一週間もテント生活をするとか。もはや正気とは思えないが、その正気とは思えない現実が目の前にはあった。しかし、この異常はまだまだプロローグだったと三日後、イベントが開始する日に思い知らされることになるのを、この時の私は知らなかった。


三日後、その日は朝から騒がしかった。街のあちこちから「ぼえーぼえー」とか「いえーい、いえーい」とか「へいへい」とか「ふぁっきんべいべー」とか意味のない言葉の羅列だけの歌声と大音量の楽器の音が鳴り響いていたのである。


「音楽はよくわかりませんが……」


前々世では社畜だったものの、一応はロックだとかポップスだとかメタルだとか、そういった音楽があるという知識は当然ながらあった。だが、知っているのは名前だけで、それらの音楽の違いがどのようなものかはよく分かっていない。そのため、この騒音がどのようなジャンルの音楽なのか全く分からなかった。


ただ「うるさいもの」だという認識しかなかった。私にとっては。


だが、テントを張って場所取りまでしていた彼らには違うようで、朝から騒音の発生源まで出向いて歓声を上げているようだった。


「あれでは、まるでサバトのようではありませんか?」


人々が意味不明なものに狂気乱舞するという光景は、まるで邪神崇拝者の魔宴サバトのようであった。ちなみに、この世界には魔族や魔王というものはいるが、彼らは一応は人族とは相いれないものの種族の一つとして認められており、必然、悪魔という存在はいない。しかし、同等の存在として邪神というものがおり、それらは秩序の破壊を目的に、こういった乱痴気騒ぎを是とすることが多かった。


「まぁ、一部には、そのような意見もあるようですね。ですが、鉱山が封鎖された街にとって、民衆の不満を発散させる効果は出ているようですね」

「なるほど……。働けない状況にされた不安を払拭させるためのイベントですか。ついでに観光客も呼んで外貨を獲得しようと。でも、みんなテントでは、お金を落とさないのではないですか?」

「いえ、どうやらグッズ販売で元を取っているらしく。これが500ゴールドで売られていました」


そう言って取り出したのは、アーティストの絵が描かれた団扇であった。500ゴールドと言えば、前々世の世界では5000円くらいの価値があるはずである。それを考えると明らかにぼったくりだと、私は思った・


「こんなぼったくりのグッズ、買う人いないのでは?」

「いえ、実は、これ正真正銘、最後の一個でした。どうやらアーティストの中では一番不人気なようで、それでも辛うじて買えるほどですから。文字通り飛ぶように売れてるのではないかと……」


その様は、まるで狂信者である。あまり関わり合いになりたくなかった私は、サクッと鉱山が使えなくなった原因となるロックワームを討伐して、先に進むことにした。


ロックワーム討伐のために坑道にはいった私たちは、言葉を失っていた。危険だと言われて、入口で止められた私たちは、ローズ公爵家の家紋を見せて強引に入れてもらったわけだが……。


「このロックワーム、小さすぎではありませんこと?」

「そうですね。これなら一般人でも倒せるのではないでしょうか?」


私たちはせいぜい2m程度の芋虫のようなロックワームをなぎ倒しながらぼやいていた。確かに数こそ多いが、それほど脅威となる相手でもない。もちろん、それは私たちの基準ではなく、一般的な基準で、である。


「もしかしたら……。危険なのは『マザー』がいるからかもしれませんね」

「マザーですか……」


これまで見かけたロックワームは幼生どころか生まれたばかりくらいの大きさだった。そう考えるとマザーがいてもおかしくないと思い、ズンズンと奥へと進む。


そして、鉱山の先、少し広くなったところに通常の10倍くらいの大きさのロックワームが鎮座していた。それは間違いなくマザーであった。


「確かに、紛れもなくマザーですわね。ですけども……」

「珍しい、マザー単体ですね。でも、この辺りは廃坑になった場所のようですね。どうやら人がしばらく立ち入っていないようです」

「そうですわね。人が立ち入らないのに、マザーがいるとは分からないでしょうし。護衛のいないマザーなんて、タダの大きな的でしかありませんわ」


定期的に卵を産み、それが孵ると数百匹のワームになるのは厄介だが、先ほど一掃したので、恐らく次は一年後くらいだろう。そう考えると急いで倒す必要も無いように思われた。何より、殺そうとした時の挙動の方が厄介であった。


「放置でいいですかね?」

「えっ、放置するんですか?」

「ここにいたのが生まれたばかりだと考えると、次に生むのは一年後ですからね」

「確かに……。下手に殺そうとすると、卵を拡散する可能性もありますしね」


マザーを倒そうとした時に厄介な理由がそれだった。死の危険を感じたロックワームは周囲に卵を拡散させる。その卵を処理しないと、すぐにロックワームが大量発生することになるのである。


「よし、一応、領主に報告して先に進みますわよ」

「「かしこまりました。お嬢様」」


こうして、私たちはロックワームマザーの話を領主にして魔王城を目指すのだった。

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