第30話 勇者VS魔王 決戦
「魔王アレンゴウル! 貴様の悪行もこれまでだ!」
魔王城、謁見の間。そこに響き渡る勇者エドガーの断罪の言葉に、魔王は笑いをかみ殺していた。
「ククク、王国のネズミどもが。我に勝てるとでも思ったか!」
「当然だ、我々には聖剣がある!」
「そんな玩具で我を倒そうなどと……。おや? そっちのは一昨日、我に返り討ちにされた雑魚ではないかっ!」
「くっ、だが、今度は負けねえぜ。こっちには聖女様も付いているんだからな!」
「なっ?! 聖女だと……」
魔王は驚愕の顔でリリアナを見る。そして、怒りに顔を歪ませた。
「なっ、貴様は……。名を、名を名乗れ!」
魔王から発せられる瘴気が強まり、3人が怯む。しかし、気を確かに持ったリリアナは気丈に振舞いながら名乗りを上げた。
「聖女、リリアナ・ローズですわ!」
その堂々たる姿にエドガーとウィンドも正気を取り戻した。しかし、リリアナの名前を聞いた魔王は顔だけでなく、怒りに全身を震わせていた。
「ローズ、ローズだと?! 貴様、ムサッシ・ローズの手の者か?!」
魔王の怒りは頂点に達しようとしていて、それを受けたリリアナは始終圧倒されかけていた。しかし、聖女たる自分が折れるわけにはいかないと、必死で自分を鼓舞し続けた。
「ムサッシは父でございますわ! 私は彼の娘ですわ……」
「娘……? もしや、母はヴァネッサか?!」
「……? いいえ、メルシャですわ」
「何だと?! あの男……許せぬ! そして、不貞の子よ。ここで朽ち果てるがよい!」
リリアナは不貞の子と呼ばれて訝し気な顔をしたが、魔王の殺気により、そんなことを気にしている余裕がなかった。
「リリアナ、光の加護を!」
エドガーが叫ぶが、リリアナは大きくかぶりを振った。
「準備が……。準備が必要ですわ。それまで持ちこたえてくださいまし。回復はしっかりしますので」
「くそっ、どれだけ持ち堪えれば良いのだ?」
「1時間でございます」
「1時間?! マジか?」
「マジでございますわ。頑張ってくださいませ」
エドガーがリリアナの言葉を聞いて信じられないという表情をする。だが、その時、魔王もまた同じ顔をしていたことに、誰も気付いていなかった。
勇者と魔王との壮絶な戦いは、お互い一歩も引かぬまま30分以上に及んでいた。
「いい加減にあきらめてしまえ。勇者よ」
「いや、まだまだだ! リリアナ、あと何分だ?」
「25分でございます」
リリアナの言葉によって、エドガーと魔王の顔に絶望の表情が浮かぶ。しかし、ウィンドは冷静だった。
「エドガー様。ここは一時撤退しやしょう。俺が殿を務めますんで」
「えっ?!」
「……分かった。撤退だ!」
「……逃げるのか? 勇者よ! この負け犬めが!」
ウィンドの言葉に、リリアナは驚いた表情を一瞬浮かべたが、すぐに彼を睨みつける。それとは対照的にエドガーと魔王には安堵の表情が浮かんでいた。
「ここからは、俺が相手するぜ!」
「ふはは、せいぜい足掻くがいい!」
芝居がかった二人のやり取りを後目に、エドガーとリリアナは魔王城からの脱出する。
「絶対、生きて帰ってきてくださいね! (死んだら回復できませんから)」
そうリリアナは言い残して去っていった。
「……2人とも行きましたぜ」
「……恩に着る」
魔王は安心したように一息つくと、忌々しそうな表情を浮かべる。
「まったく、あれがムサッシの娘か。まったく、忌々しいヤツだ!」
「安心してくだせえ。あの聖女がここに来ることは二度とありません」
「本当か?! まったく……見るだけでも忌々しいというのに、あの傍若無人なふるまい。本当にヤツそっくりではないか!」
魔王が吐き続ける毒を、ウィンドは苦笑しながら聞いていた。彼もまた、『王国の影』の前マスターであるムサッシには苦い思いを味合わされてきた1人なのであった。
ウィンドが魔王城近くの宿屋に戻ると、満面の笑顔でリリアナが迎えてくれた。もっとも、満面の笑顔だったのはウィンドを見るまでであったが。現在進行形で不満そうにしている彼女は、勇者であるエドガーと共に状況の整理と、今後の方針について話し合っていた。
「正直なところ、俺にも魔王は手に余るほど強いヤツですわ。今回は撤退戦でしたんで、ほぼ無傷で済みましたがね……」
「生きて帰ってきてとは言いましたが、無傷で帰ってきてとは言ってませんよ?」
それっぽく見せるために、少しだけ傷を負った状態にしたが、彼女にとっては十分ではなかったようだ。2人は呆れたようにリリアナを見て、ため息を吐いた。
「ウィンドでも厳しいとなると……俺たちには難しいのかもしれないな……」
「ですな。人数を増やすか……あるいは……」
「何を言ってますの? 35分は耐えたんです。あと25分耐えれば勝てたんですよ!」
時間で言えば、確かに倍もないところまでいっていた。しかし、常に緊張を強いられる戦闘において、時間が倍だからと言って、単純に負担も倍とは言えなかった。
「35分耐えた後の25分は正直辛いよ……」
「そんな、それでも勇者ですか?! ロベルト様なら、ポーションがぶ飲みしてでも戦ってくれましたよ!」
「あんなイカレタ男と一緒にしないでくれ……」
既にエドガーはリリアナにだいぶ辟易しているようだったが、それでも魔王討伐は王国の悲願である。成し遂げずに逃げるわけにはいかないのだった。
「『王国の影』に頼みましょう」
「「えっ?!」」
「それってリリアナ殿の御父上、ムサッシ・ローズ殿に頼むと言うことですか?」
「いえ、既に彼は引退しておりやす。今のマスターは彼以上の実力の持ち主。必ずや満足のいく結果になるかと」
「まさか、あの殺戮公爵以上だと? しかし、魔王は勇者が自ら倒さなければいけないのではないか?」
「いえ、そんな規定はありやせんぜ。実際、あなたの御父上、今の国王も『王国の影』に討伐を依頼しやした。それで魔王とムサッシの間に因縁が生まれたんでやす」
現在、王宮の椅子にふんぞり返っている国王が、まさか自分で魔王を討伐していないと知って、エドガーとリリアナは複雑な表情を浮かべる。そこには国王に対する侮蔑の感情もうかがえた。
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