第29話 勇者VS魔王 プロローグ
ロベルトの代わりに勇者となったエドガーはついに魔王城までたどり着いた。
「長い道のり――ではなかったな」
そうエドガーがこぼすのも無理もない。フローレスの希望でパーティーに残ったリリアナ・ローズ、そして彼女の希望でパーティーに入ることになったウィンド・ミール、この2人があまりに優秀すぎたのである。リリアナは彼女の代わりではあるが、聖女として見た場合の能力は圧倒的に上だった。高位回復魔法が使える、というだけではない。連打しても顔色一つ変わらないのである。
「かすり傷に
そうエドガーが愚痴をこぼしたくなる程、リリアナの魔法の使い方は異常だった。それだけなら優秀なヒーラーのいるパーティーというだけだ。しかし、それに輪をかけてヤバいのがウィンドでだった。
「何でずっと俺たちの近くにいるのに、魔物が近くにやってくる頃には死んでいるのだ?!」
そう、魔物がエドガーたちに向かってきて、たどり着いた頃には死んでいるのである。リリアナが回復したかすり傷も、信じられない状況を目の当たりにしたエドガーがずっこけたときに負った傷である。
「むしろ、俺が2人に労わられている気がするんだが……」
そんな状況でもなお、物足りないと感じているのか、不眠不休で進軍した結果、半月も経たずに魔王城までたどり着いてしまったのである。それだけでなく、何故か元気な2人に寝不足で疲労困憊になったエドガーが心配される始末であった。
「俺は準備OKですわ。行きますか? 殺りますか?」
「お疲れのようですわね。
「いやいい……」
心配されたエドガーは道中何度も回復魔法で元気にさせられた。しかし、回復魔法で身体は回復しても、心までは回復しないため、エドガーの心は既にズタボロであった。
「……それより、一晩くらいは宿でゆっくり休まないか?」
「正気ですかい?」
「回復魔法が足りませんか?」
ウィンドは純粋に早く先に進みたいという感じなのだが、リリアナは回復魔法を使う機会がほとんどないため、使いたくてしょうがないという感じだった。エドガーは回復魔法のために追い詰めるのを止めて欲しいと思っているのだが、パーティーのお荷物である自分から言い出すのは憚られているようだった。
「いや、姐さんの回復魔法は命綱ですぜ。ここは魔王との対決の前に英気を養うに限りまさぁ」
すかさず、ウィンドがフォローに回ってくれたお陰で、無事に一晩の安らぎを得ることができそうだ、とエドガーは安堵のため息を漏らす。
しかし、翌朝、エドガーが見たのは、血塗れで息も絶え絶えになっているウィンドだった。
「ウィンド! 何があった?」
「いやぁ、ちょっとしくじっちまいやした……」
そう言って力なく崩れ落ちるウィンドをエドガーは抱えた。次第に呼吸が浅くなっていき、今にも力尽きそうな状況にエドガーは宿に泊まろうと言った自分の弱さを呪う。
「おい、ウィンド、しっかりしろ!」
「すみません、俺はもうダメですわ……ああ、光が。俺の爺さんが呼んでいる……」
エドガーは必死にウィンドを揺すって目を覚まそうとするが、彼の瞼は静かに閉じようとしていた。
「
しかし、リリアナの呪文によって、彼の傷は全て治ってしまった。
「「えっ?!」」
2人の声が重なった。
エドガーはウィンドを抱きかかえたまま、見つめ合っていた。
「ウィンド……」
「エドガー様……」
瞳を潤ませながら見つめ合う2人を、周囲の人たちが静かに見守っていた。
そのことに気付いた2人は顔を赤らめながら視線を逸らす。
「ぶ、無事で良かった……。お前に死なれたらと思うと……」
「いえ、こちらこそ。勝手なことをしてすいやせん……」
目を逸らしながら言葉を交わす2人に、リリアナが頬を膨らませてウィンドに詰め寄った。
「ちょっと、2人でいい感じになってないで、きっちり説明していただけませんか?」
「「いい感じになど……!」」
リリアナの追及に再び2人の声が重なり、視線が交錯する。そして、示し合わせたかのように、ふいっと同時に顔を逸らした。
「皆さんが休んでいる間に、魔王の様子を偵察に行ってきたんですわ」
ウィンドの言葉に2人が息を呑んだ。
「なかなか強そうな奴でしたんで。ちょっと戦おうとしたんですが……」
「「えっ?!」」
2人は驚きの声を上げる。それもそのはず、魔王には聖女の祝福を受けなければ倒すことができないのは周知の事実だからだ。いや、ウィンド以外にはそうだった。
「なかなか倒せなくて、もたついていたら……。このザマですぁ」
「ウィンド……。この愚か者め!」
「エドガー様……」
ウィンドを叱咤するエドガー。そして見つめ合う2人。そして、2人を見守るリリアナは1人沈黙していた。
「エドガー、ウィンド。もう少し、こちらに滞在しましょう」
昨日までは我先にと進もうとしていたリリアナだったが、何の思惑があってか、滞在期間の延長を申し出てきた。
その理由は翌朝になって判明する……。
翌朝、すっきりとした表情でエドガーの部屋から出てきた2人を不満げな様子でリリアナは睨みつけていた。その視線を感じ取った2人は、気まずそうな表情を浮かべる。
「り、リリアナ。これは、違うんだ!」
「何が違うと言うんですの? そもそも、何でウィンドさんは死にかけてないんですか?!」
「「えっ?!」」
リリアナの言葉に絶句する2人だったが、そんなことなどお構いなしとばかりに言葉を続ける。
「また、ウィンドさんが死にかけてくれると思って滞在期間を増やしたのに……。これでは意味がありませんわ! もう良いです。とっとと先に進みましょう!」
どうやら、彼女は今日もウィンドが死にかけて帰ってくると思って滞在期間を延ばすように提案したようだった。その期待を裏切られたために、エドガーたちは魔王の城へと向かうのだった。
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