第27話 領主に面会です

「やっと領主に会えますわね」


 コジロを倒した私は、領主の執務室へと入る。そこにはレイクイール領主のドール侯爵が机に向かって書類を書いていた。私が入ると顔を上げて、驚愕の表情を浮かべた。


「し、死神! おぉぉ、ワシの命もここまでか……」


 このオッサン……。会って早々酷い言いようではないだろうか。一発殴ろうかと思ったが、雛鳥のように震えているオッサンを殴ったところで、さらに怯えるだけだろう。そう思って、私は殴るのをやめて会釈をした。


「お初お目にかかりますわ。私、ローズ公爵家令嬢、フローレス・ローズと申しますわ」

「……何の用だ? 殺しに来たのだろう? そうだな。コジロもあっさりと殺したようだし。次はワシ、ということだな!」

「ただ、ご挨拶に伺ったまでですわ。それにコジロさんも死んではおりませんよ。襲い掛かられたので、少し眠っていただきました」

「永眠、ということだな?!」

「違いますわ!」


 それもこれも、全てコジロが悪いと結論付けた私は、領主に微笑みかける。それを見た彼は「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げた。


「一つ伺いたいことがありまして、この街でウーナルナーの漁獲量が減ってきているのはご存知ですか?」

「えっ? そうなのか? でも、ワシが制定した『牛の日』ではウーナルナー焼きが大盛況で嬉しい悲鳴が上がってると報告を受けているぞ?」

「どこの情報でございますか?」

「ワシの密偵部隊だ。彼らには、『牛の日』によって、どのくらい街が発展しているかを調べてくるように伝えておるぞ」

「でも、ウーナルナー焼きを売っている方の話では、売り切れなどしようものなら処刑される、と嘆いておりましたが?」

「そんなことは言っていないぞ! 確かに密偵部隊の連中にはちゃんと報告しなければ命は無いと思えと言ったが……」


 恐らく密偵部隊は『ちゃんと』というのが『成果が上がっている』という報告のことを意味していると判断し、料理人たちを脅していたのだろう。結果として、領主が処刑するという話が先行したものと思われた。


「結局、こいつが無能だからではありませんか」


 私はため息が出そうになるのを抑えるのに必死だった。


「そもそも、ウーナルナーは街の名産品ですわ。そこまで必死にならなくても十分だと思いますが……」

「それだけでは現状維持に過ぎない。もっと積極的に売り込んでいかねば、と言われたのだ」

「どちらにですか?」

「街の政策顧問を依頼しているコンサルタントのクソヤーロという男だ。彼の提案によって、ワシはこの街の主要産業として魔道具製造を新たに加えることにしたのだ。それによって、多くの労働者が集まり、ショッピングモールを建設すれば、そこの利用によってさらに多くの労働力が必要となり、巨大な資本が動くことになるのだ。そうすれば、トリクルダウンによって領民も潤うことになるのだ」


 明らかにカモられている人間の発言であった。


「そもそも、トリクルダウンなど幻想ですわ。どうせ工場もショッピングモールもクソヤーロの資本ですよね?」

「もちろんだ、ワシらだけでは資金を捻出できないからな。ワシは格安で土地を提供することにしたのだ」

「それは、明らかにクソヤーロが大儲けするだけですわ。むしろ、地元のお店はお客を全部ショッピングモールに奪われて廃業待ったなしですわ」

「なんだと?!」


 無能な経営者がコンサルモドキに踊らされて会社を潰すという実例が、まさに今、目の前にある光景である。


「まあ、かなり手遅れに近いですが……。まだ終わったわけではありません。後ほど対価を頂くことになりますが、もし、領民を愛する心があるのであれば、私におま変え頂けないでしょうか」

「な、なんと。しかし、対価は大丈夫なのか? ワシに支払えるだけのものなのか?」

「そちらは問題ありませんわ。私も領民を苦しめたいわけではありませんから。あなたが支払えるもので頂ければ十分ですわ」

「おお、助かる! では、お前に全てを任せよう!」


 チョロい、チョロすぎる。これで領主とか、よく今まで潰れなかったな。と私は別の意味で感心していた。しかし、これでクソヤーロを倒すだけとなった私は、状況を報告するために先ほどの店に戻った。


「ご無事でしたか! お連れの方はまだ戻られておりません」

「ええ、領主とも無事に話がつきそうですわ。あなた方にとっても、良い形でまとまるかと思います」

「おお、それはそれは……。本当にありがとうございます」


 料理人は深々とお辞儀をして感謝していた。


「2人はまだまだ時間がかかりそうですわね。そうしましたら、新しいメニューをお教えしますわ」

「なんと、そこまで気にかけてくださるとは……。まさに伝説の聖女様の再来では……」


 そう言って、再び祈りを捧げ始める料理人だった。


「まずは、ウーナルナーの頭を落とします。そして、背中から切れ目を入れて開いていきますわ。そして、背骨を剥がしていきますわ」


 そう言いながら、手際よくウーナルナーをさばいていく。腹から開く場合もあるけど、私は背中派であった。


「そして、落とした頭からダシを取りつつ、炭に火を入れますわ」


 鍋に大量の頭を入れてグラグラと煮詰めていく。その間に炭を敷いて発火魔道具で火をつけるとたちまち緩い熱を発しながら燃え始めた。


「そしたら、開いたウーナルナーに串を打って、炭の上に渡した鉄棒の上に串を載せますわ。こうして、じっくりと焼いていくのですわ」


 炭の上に乗せたウーナルナーは脂を炭の上に落としつつ、少しずつ焼き目が付いていく。


「出来上がったダシと、醤油、みりん、酒を混ぜて、さらに煮詰めますわ」


 本来ならじっくり煮詰めるんだけど、時間が無いので、アルコールだけ飛ばして脱水用魔道具を使って水分を適当に飛ばすと、ドロッとしたタレが出来上がった。


「焼き目が付いたウーナルナーにタレを付けて、さらに焼いていきますわ」


 ウーナルナー自体と焦げたタレの香ばしい匂いが調理場に充満していく。料理人も食欲を刺激されているのか、頻繁に生唾を飲み込んでいた。


「そして、最後に丼にご飯を入れて、焼きあがったウーナルナーを乗せ、最後にタレをかけ回して、蓋をして出来上がりですわ! さぁ、食べてくださいまし!」


 そういって、料理人に出来上がった料理を差し出した。緊張の面持ちで蓋を開けると、ウーナルナーとタレの香りが鼻腔をくすぐるようで、大きく生唾を飲み込んだ。そして、一口食べた瞬間、彼の魂は天に召されたかのように茫然としていた。


「……表面はパリッとして香ばしく、口に入れると身がふんわりと口の中に広がっていく。閉じ込められた脂が濃厚なタレと混ざり合って、複雑な味のハーモニーを舌の上で奏でている。そこでご飯を口に含むと、濃厚すぎるタレと油を絶妙に中和して、もう一口、もう一口と魂が語り掛けるように俺の身体を突き動かしていく……」


 恍惚とした表情で食べ続ける料理人だが、ふと、その手が止まり、私の方を見つめた。


「素晴らしい料理でございます。こちらは何という料理なのでしょうか?」

「こちらは『ウーナ丼』ですわ」

「それでは、この『ウーナ丼』を我々の手で広めさせていただきます!」


 これが、世界に初めてウーナ丼という奇跡の料理が聖女の手によってもたらされた瞬間だった。

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