第26話 ウーナルナーと魔道具工場

「つかぬことをお聞きしますが、最近、特にウーナルナーの漁獲量が減った頃に新しくできた施設はありますか?」

「そうだなぁ、巨大な魔道具工場ができたかな。その直後くらいに浄水施設も作られたな。あとはショッピングモールも最近できたな。そんなところかな……」


 話を聞く限り、魔道具工場が原因なのは間違いないだろうと思われた。


「しかし、この湖で何で魔道具工場を作ろうとしたのか分からないですわね……」


 この湖はおそらく汽水湖という淡水と海水の混ざったものだと思われる。微量ながらも塩分が含まれる湖の水は一見きれいに見えるようでも工場用水としては不向きであった。


「わざわざ浄水施設を作ってまで、ここに工場を作る必要はないと思うのですが……」


 その一方で工場の排水は下流の川に直接廃棄されていた。


「むしろ、こちらの方が浄水施設が必要な気もするのですが……」

「経費削減でしょうね。川に捨てるだけならタダですから……」


 どうやら、イルフル村の流行病の原因は魔道具工場の排水が原因だろう。実際に村長は彼らを何かしらの契約をしていたようだったし……。タダと言いつつも、賄賂的なやり取りがあったことを考えると、あまりお得じゃないようにも思えた。


「とはいえ、排水を川に流しているのだとすれば工場が原因の可能性はほとんどありませんわね。間違いなく原因は浄水施設でしょう」

「浄水施設って、水をきれいにするんですよね? それなら逆に良さそうですが……」


 私の指摘にカークライトが疑問を投げかけてきたが、今さらである。


「ウーナルナーはたぶん汽水湖、真水と海水の中間くらいの状況が一番都合がいいのですわ。ですが、浄水施設で湖の水が真水になってしまったせいで、逆にウーナルナーにとっては生育しにくい環境になってしまったのですわ」

「な、なるほど……」

「そういうことなら、さっさと浄水施設を壊してくるか?」

「待ちなさい、スケイ。焦って動く必要はないわ」

「でも、ウーナルナーが取れなくなるんだろ? 急がないとマズくね?」

「大丈夫、そんなすぐに絶滅したりはしないわ。それに浄水施設自体は何も問題はないの。水をきれいにしているだけだからね」


 そこまで言って、少し思案する。意外とやってること自体に問題があるわけではなく、このことだけで罪を問うのは難しい……。


「だけど、この工場を建てた理由が必ずあるはずよ。そこを追及すればもしかしたら……」


 そう、この場所は工場には相応しくない。にもかかわらず、ここに工場を建設するだけの理由があるはずだった。


「スケイ、あなたは工場の従業員として潜入してもらえるかしら? カーク、あなたは街の人に聞き込みを」

「「かしこまりました」」

「私は、領主のところへ挨拶がてら、様子を伺ってきますわ」


 何よりも、ここの領主は『牛の日』で料理人たちを苦しめているのである。明らかに、何か裏があるに違いなかった。


 方針が決まり、2人がそれぞれ調査に出向いたあとで、私は領主の館へと向かった。


 ◇◇◇


「貴様、何者だ?! 止まれ!」


 領主の館に入ろうとしたところで門番に止められた……。何故だ!


「領主に会いに来ましたので通りますね」

「何を言ってるんだお前は。ちゃんとアポ取ってから来い」

「じゃあ、これから会いに行きますね。ということで通ります」

「だから、ダメだと言ってるだろうが!」

「いや、アポ取ったじゃないですか。今さっき」


 ここで押し問答をしていても埒が明かないと思った私は、伝家の宝刀を使うことにした。鞘に入ったナイフを両手で持って門番に向けると、彼らの顔に明らかな動揺が広がった。


「な、何をするつもりだ! 襲撃か?!」

「いやいや、何を仰いますの! これを見てくださいまし!」


 襲撃と勘違いされたので、慌てて鞘に描かれた家紋を見せる。


「こ、これは……」

「し、知っているのか。ライディ!」

「ああ、これはローズ公爵家の家紋だ。ローズ公爵家は『王国の狂犬』と呼ばれるほど危険な家で、まるで研ぎ澄まされたナイフのようだと言われていて、触れたら大怪我じゃ済まねえって話だ」

「な、なんだと……!」


 随分と曲解されているようだったが、このまま勢いで押し通すことにした。


「おほほほ、そうですわ。私こそローズ公爵家令嬢、フローレス・ローズ、その人なのですわ! 大人しく道を開けるか、それとも私に強引にこじ開けられるか。お好きな方を選んでくださいまし」

「……。わかった、通ってよし!」

「いいのかよ……!」

「仕方ないだろ? こんな薄給で命まで賭けられるかってんだ!」

「ま、まあそうだな……」


 こうして門番を無事に乗り越えた私は領主の執務室の手前までやってきたが、そこには一人の剣士が私の行く手を阻んでいた。


「この先へは何人たりとも通さぬ……」

「いや、普通に領主に会いにきたんだけど?」

「知らぬわ!」

「仕方ないわね……。この家紋が何かお判りになりまして?」

「むっ……。それはローズ公爵家の家紋……。好い、好いゾ! 良かろう、ここを通ることを認めよう――我を倒したらな! コジロ・ササーキ、参る!」


 そう言って、突然コジロが切りかかってきた。咄嗟に私はナイフで受け止める。


「ちょっ、いきなり何するんですのよ!」

「ふふふ、ここであったが100年目、我はムサッシを倒すべく日夜剣術の修行に励んできたのだ!」

「いやいや、ムサッシは父ですわよ。私は娘のフローレスですわ。人違い、ですわ!」


 斬り合いをしながら、誤解を解くべくコジロを説得し続けるが、剣を合わせるたびに、彼の表情は愉悦に染まっていく。


「くくく、関係ない。好い、好いゾ。ムサッシの血を引くという事実だけで、我が戦う理由には十分である」

「くっ、めんどくさいヤツですわね」


 私もコジロも平然と話しているが、その間も普通の人間なら1合すら不可能なほどの打ち合いをしていた。しかし、所詮は父と同程度の相手であった。私がギアを上げるとすぐに追いつけなくなった。


「なっ、バカな!?」


 私は居合抜きの要領でナイフを引き抜くと、すれ違いざまに胴を横一文字に薙ぎ払った。


「ふっ、峰打ちですわよ」

「ぐああああ!」


 コジロは断末魔の悲鳴を上げながら跪いた。


「くっ、お主なかなかやるな! 良かろう、ここを通るがよい。だが、我は死なぬ。再び蘇り、お主の前に立ちふさがるだろう!」


 そう言って、パタリと倒れてしまった。だが、峰打ちである。


「蘇るも何も……。そもそも死んでませんわよ……」


 カッコよく言ってるつもりなのだろうが、私にはストーカー宣言としか思えなかった。父もそうだが、なぜ剣で戦う男は問題のあるヤツばかりなのだろうか、と私は思わずため息を漏らしてしまった。



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