第25話 ウーナルナークライシス

 馬車で走ること半日、私たちはレイクイールへとたどり着いた。この街はマナー湖と呼ばれる巨大な湖に面していて、湖から取れる水産資源を使った名物が多い。


 中でもウーナルナーと呼ばれる細長い蛇のような魚を使った料理が有名らしく、それを縦に割いてタレを付けて焼いたものは特に有名であった。


「お嬢様。こちらがウーナルナーです」


 そう言って、カークライトは生簀に入ったウーナルナーを指差した。


「これは、ウナギ?」

「いいえ、ウーナルナーです。なんでも見た目で毛嫌いしていた貴族に供したところ、唸るような美味しさだったことから付いた名前だそうです」

「駄洒落かよ……」


 前世の記憶のある私には名前も気になる所ではあったが、とりあえず食べてみようってことで、私たちは近くにあった食事処へとはいっていった。


「ウーナルナー焼きを3つ!」


 店員に注文して、待つこと10分ほど。出来立てのウーナルナー焼きが出てきた。見た目はかば焼きそっくりの見た目で、茶色いタレがかけられていた。


「思ったよりも出てくるのが早いわね……」


 私が思わず疑問を口にすると、2人は意味がわからないようで首を傾げていた。しかし、私は前々世でもウナギのかば焼きを食べたことはあるので、かば焼きを焼くのに30分くらいかかることを知っている。だからこそ、このきれいに焼き目のついたかば焼きが本物だとは思えなかった。


「ま、まぁ。食べてみましょう」


 私は意を決してかば焼きに箸を入れる。くにっと弾力のある感触が箸から伝わってきた。


「えっ?!」


 それはまるで、かば焼きの形をしたかまぼこのようだった。


「お、このウーナルナー焼きは歯ごたえがありますね!」

「前に食べたのはグズグズで不味かったからな」


 2人は何故か大絶賛だったので、私も意を決して一口食べてみた。それは――そこはかとなくウナギっぽい風味のあるかまぼこだった。かまぼこなので当然ながら皮はついていない。表だけきれいに焼き色や筋の付いただけの代物だった。


「なんですの、このパチモンは……」


 私が驚いて絶句していると、それでも悪く言われたことに気付いたのだろう。厨房から料理人が飛び出してきた。


「おい、俺のウーナルナー焼きをバカにするのか?」

「いや、バカにというか。これ偽物ですよね?」

「何を言ってるんだ? これはウーナルナーを50%も使って作ってるんだぞ?」


 50%、という謎の比率を提示されて、私は戸惑うことしかできなかった。


「しかも、ウーナルナー以外も全て魚肉を使って作ってるんだぞ。よそみたいに大豆や小麦粉、芋なんかで誤魔化したりはしていない最高級のウーナルナー焼きなんだぞ!」


 ウナギ、もといウーナルナー以外を使っている時点でダメだろうと思ったが、この世界の常識が違う可能性もあると思い、スケイリアとカークライトに確認することにした。


「スケイ、カーク。この世界のウーナルナーって他の材料を混ぜて作るものなのですか?」

「いえ、材料は特殊ですが普通の焼き魚ですから……」

「混ぜるというのはよく分からないな……普通に焼くだけだろう?」

「ということですわよ。何ですの、これは!?」


 私たちが詰め寄ると、料理人は気まずそうな表情を浮かべた。そして、私たちを睨みつける。


「し、仕方ねえじゃねえか! 毎年獲れる数が減ってるのによぉ。領主のアホが『牛の日』なんて祝日を作ってウーナルナーを食べると幸せになれる、なんて言い始めたんだよ。その日にウーナルナーが売り切れたなんてことになったら、俺たちが『オキャクサマ』を不幸にしたってことで訴えれるんだからよぉ」


 そして、途中から半泣きになりながら叫び尽くすと項垂れてしまった。


「俺たちだって、最初の頃はちゃんとウーナルナー焼きを出していたさ。でも、『牛の日』の分すら確保できなくなってきて、ウーナルナー焼きモドキを作って誤魔化すしかなくなったんだよ……。それでも、俺はなるべくウーナルナーの比率を高くしたかったし、混ぜるにしても同じ魚で頑張ったんだよ……。それなのに、こんなのウーナルナーじゃねえ、なんて言われんだぜ。隣の奴なんかウーナルナーを1%しか使っていなくて、後は小麦粉で誤魔化してるっていうのによぉ……」

「それは別物ですわ!」

「そうよ、なのによぉ……。サクサクで美味しいとか、ほんのり甘くておいしいとか言われてめちゃくちゃ人気になってんだよぉ。しくしく……」


 それはウナギはウナギでもうなぎパイじゃね? などと思ったが、彼の名誉のために黙っておくことにした。


「ま、まあ、何はともあれ、うなぎパイ――小麦たっぷりのウーナルナー焼きを本物と偽って売るのは許せませんわ」

「それでは、彼らを……」


 カークライトは不安そうな表情で私を見据える。まったく、私が気に入らないから成敗しているとでも思っているのだろうか。


「カーク、それはあり得ませんわ。彼らもまた被害者。理不尽な要求に応えようと、彼らなりに工夫をしたに過ぎませんわ」

「さ、左様でございますか!」

「真に懲らしめるべきは、この私欲をもって悲惨な状況を作り出した領主と、ウーナルナーの数を減らした愚か者ですわ」


 私たちのやり取りを聞いていた料理人が、俯いていた顔を上げる。彼の目は将来の希望に輝いていた。


「た、助けていただけるのですか?!」

「もちろんですわ。これも力ある者の務めですわよ」

「あ、ありがとうございます。ここまでしていただけるとは……。只者とは思えませんが、あなた様方はいったい……」

「ふふふ、私はただのしがない旅の令嬢。ただ、少しだけうな――ウーナルナーが好きなだけですよ」

「おおお、この土壇場の状況で助けていただけるとは……。まさしく、あなた様は伝説の聖女のようなお方でございます!」


 そう言って、私は感動のあまり跪いて祈りを捧げる男を見つめるのであった。




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