第23話 血塗れの宴が始まりました

「カーク、例のものを」

「かしこまりました」


 私の言葉を受けたカークライトが先日の会話を録音した蓄音石を取り出した。ゴーツクはそれを見て奪い取ろうとしたが、スケイリアに取り押さえられてしまう。


「は、はなせ! 俺ははめられたんだ!」


 彼の言葉を無視してカークライトは蓄音石に触れる。すると、あの日の会話が全て再現された。あの日の会話の全て。


 この村の流行病の原因が毒であること


 村長は毒が含まれていることを知りつつ黙っていたこと


 汚染の対価に私服を肥やしていたこと


 聖女にお金を要求されたことを逆恨みして、村人を煽ったこと


 これらのことが村人の前で明らかにされると、それを聞いた村人たちの表情が曇り始める。


「おい、村長。これはどういうことだ?」

「ふざけんな! 全部お前の仕業かよ!」

「俺たちを病気で苦しめておいて、自分だけお金をもらっていい暮らしをしてるとか、ありえねえわ」


 口々に村長を責める村人たちに、最初は穏便にことを進めようとした村長も耐えきれなくなったのか暴言を吐き始めた。


「うるさい! お前たちは俺のために身を粉にして働けばいいんだよ!」


 とうとう村長は言ってはいけない言葉を口にする。


「あらあら。この分だと60万ゴールドでは済みそうにありませんわね。それに村長としての地位も名誉も。ふふふ」

「くそっ、全部お前たちのせいだ!」


 村長が私に殴りかかってこようとしているのを見て、スケイリアとカークライトが前に出ようとした。しかし、私は二人を制止して、1人で村長に向かっていく。


 そして、すれ違いざまにナイフを一閃した。そして、ナイフを鞘にしまう。


「成☆敗! キュピーン☆」


 私の言葉と共に、村長は崩れ落ちた。


「安心してくださいあせ、峰打ちですわ……」

「お嬢様、相変わらずですが、その決めゼリフは如何なものかと。それにお嬢様のナイフに峰はありませんが……」

「大丈夫よ。問題ないわ」


 こう見えても、私はプロの暗殺者である。ナイフに峰が無かったとしても、峰打ちなどできて当然であった。


「ま、ホントの成敗はこれからなんだけどね……」


 村人が殺気をはらんだ目で村長を見ていた。しかし、いくら悪人とはいえ、彼は重要参考人であるため、殺してしまうと村人が罪に問われる可能性があった。


「みなさん。ご怒りはもっともです。しかし、彼を殺してしまっては全てが闇の中となってしまいます。あなた方も証拠を隠滅したと罪に問われる可能性があります。ですから、決して殺してはいけません」

「そんな、俺たちはこいつのせいで苦しんできたのに何もできないのかよ!」

「いえ、そこでこちらを用意させていただきました」


 私はカークライトに目配せをすると、彼は大量の瓶が積まれた台車を持ってきた。


「これは一体……」

「こちら、全てマナポーションになります」

「そんなものを一体何に使うんだ?」

「私が飲みます。全て。そして、彼に回復魔法を全力でかけます」

「そんな! なんでこんなヤツに……」


 私の言葉に、村人たちが落胆の表情を見せる。しかし、私はそれを無視して話をつづけた。


「私は、あなた方に彼を『殺してはいけません』と申し上げました。ですので、彼が『なるべく殺されないように』回復魔法をかけ続けるのです」

「「「それは、まさか……」」」


 私の言葉に村人たちが生唾を飲む音が聞こえたような気がした。


「私はランク1しか使えない聖女ではございます。しかし、体力の低い村人1人程度を回復させるのは問題ございません。ですから、みなさんは即死させないように気を付けていただいて、ご自由にしていただければと思います!」


 そして、訪れる静寂。しかし、その直後に場は大歓声に包まれた。


「おおおお、さすが聖女様だ!」

「俺たちのために身を挺して回復魔法を使ってくださるなんて」

「すばらしい自己犠牲だ! これこそが本当の聖女様だ!」


 口々に、私を称える村人たちだったが、いったん場を鎮めるために挨拶を締めることにした。


「みなさん、静粛に。それでは、節度をもって、楽しんでください!」

「おおおお、聖女様!」

「聖女様! 聖女様!」


 村人の、聖女様を称える歓声ののち、血塗れの宴は始まった。


「くそ、お前のせいで、俺たちは苦しんできたんだ!」

「聖女様を追い出そうとするなんて、許せない!」

「俺たちを騙して聖女様を追い詰めようとしたのかよ!」

「お前のせいで、俺たちは聖女様の恨みを買ったんだぞ!」

「アンタのせいで、生まれたばかりの息子は……」


 老若男女関係なく、罵声を浴びせながら村長とその家族を殴ったり蹴ったりする。家族は関係ないと思ったが、村人たちにとっては自分たちを苦しめることによって得たお金で贅沢をしていた彼らも同罪ということであった。人数こそ増えたが、それでも妻と息子を含めて都合4人ということで、やむなく許可をすることにした。


「やべろぉぉ!」「いだいよ、父ちゃん!」「いやぁぁぁ!」


 村長一家の悲鳴が響き渡る宴の中心で、狂ったように殴りつける村人たちの中、私は黙々とポーションを飲みながら回復魔法をかけ続けた。そんな宴は夜半過ぎまで続いた。村人たちは物足りなさそうな顔をしていたが、あれほど用意していたマナポーションが尽きてしまったこともあり、そこで終了となった。


「みなさん。まだまだ宴もたけなわではございますが、そろそろお時間も頃合いですので、この辺で締めさせていただきます」


 終わりの挨拶をすると、村人たちは1人1人、私に挨拶をしてから家へと帰っていった。


 翌日、村長一家は手配していた騎士に連れていかれた。彼らの財産は特例で村人たちに分け与えられ、彼らの復興の足しにしてもらうことになった。


「聖女様。ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」

「お気になさらず。私はここしばらくの間だけ、みなさんのための聖女だったのです。今はしがない旅の令嬢ですわ」

「なんと、ご謙遜を。であれば、機会があれば、ぜひ我が村を訪ねてくださいますよう。全力でもてなしさせていただきます」

「是非ともお願いしますわ。それでは、スケイ、カーク。行きますわよ」


 そう言って、私はレイクイール行きの馬車へと乗り込んだ。


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