第22話 今度は村から追放されそうです

「強欲聖女は、出ていけー!」

「病気を盾に暴利を貪る聖女を、許すなー!」


 翌朝、私たちの泊まっていた宿は元気な村人たちに取り囲まれていた。もちろん彼らを煽動、いや先導するのは村長のゴーツクである。


「ゴーツクが1晩でやってくれました……。田舎の根回し力、半端ないですわね」

「言ってる場合ですか? お嬢様。アイツ等はやる気ですよ?」

「問題ありませんわ。彼らは所詮、流行病によって追い詰められていない人たち。要するに私たちがいなくなったとしても、しばらくは困らない方たちですわ。もっとも、私の力でそうなった人もいるんですけどね」


 そう言って私はため息を吐いた。


「一方で、まだ治療されていない、私たちを必要とする方がいらっしゃいますのよ。ここには。彼らを治療して差し上げるのが先ですわ」


 私たちは宿に収容されている病人の方に治療を施していく。お金が払えないからと心配する家族の方には、無償で治療することを伝え、この病の原因が毒物であること、治ったとしても再発する可能性があることを伝えていった。


「アイツ等だけ、治療してもらったからって、俺たちのことなんてどうでもいいかのように振舞いやがって」

「外で騒いでいる人たちは敵ですわ」

「聖女様を中傷して追い出そうなんて、俺たちがとっちめてやる」


 宿に残って治療を受けた人たちは、結果として全員が私たちの味方となってくれた。そして、私たちと村人との争いは、村を二分する争いとなっていった。そんな中、宿の裏口から密かに私たちを訪ねる人たちがいた。


「すみません、私の夫の病を見ていただけますでしょうか?」

「俺の息子を見てくれないか?」


 そう言いながらやってくるのは、身内に患者を抱えていた村人たちである。彼らは宿ではなく、村の診療所に収容されていた人の親族だったのだが、先に治療を受けた村人たちが私たちを追い出そうと動いていたことを苦々しく思いながらも、身内が診療所にいることから、表立って主張することができず困っていた。

 しかし、私たちが宿に収容されていたことを治療し、その人たちが村人に抵抗を始めたことで、ようやくひっそりとではあるが相談に来れるようになったとのことだった。


「アイツ等は俺たちを同士だと思っているんだろうけど、俺たちからしてみれば、自分だけ問題が解決したら聖女様を追い出そうとしている時点で俺たちとは敵でしかない」


 そう言って、彼らも宿を拠点として村人たちの抵抗勢力に加担することになった。流行病の原因が飲み水にあることを把握していた私は、宿にいる人たちの飲み水の上かも行っていた。

 村人たちの対立が始まって1週間ほど経過したころ、私たちを追い出そうとする村人が少しずつ減っていくことに気付いた。村人の一人に見てもらいに行ったところ、どうやら流行病にかかって診療所で気休め程度の治療を受けているらしかった。


「これまた、ずいぶんと減ったわね……」

「ふん、いい気味だ。俺たちのことを無視して聖女様を追い出そうとしたヤツらだからな」


 さらに1週間ほど経って、追い出そうとする村人の数が半分くらいまでに減っていた。私が率直な感想を言うと、こちら側の村人たちは自分たちを無視した村人たちが苦しむ姿を想像して留飲を下げていた。


「すまない、俺の妻が流行病に倒れたんだ、何とかしてくれ!」


 その日の夜、一人の村人が妻を抱えて宿の裏口を訪ねていた。


「ふざけんな。俺たちの身内が病で苦しんでいるのを知っていながら、お前は聖女様を追い出そうとしたんだろ。いまさら聖女様に頼るんじゃねえ!」

「そうだ、出ていけ! 二度と顔を見せんな!」

「死んで後悔しろ!」


 口々に、その村人を罵倒する宿の人たちだが、その屈辱を飲んでも妻を助けたいのだろう。土下座したまま身動き一つしなかった。そんな彼を、村人たちは殴りつけ、物を投げつけていたぶっていた。


「やめなさい」


 私が一喝すると、村人たちが静まり返る。そして、私は一呼吸置いて話し始めた。


「わかりました。もし、これまでの行いを悔いるつもりがあるのでしたら。1度だけ、あなたの後悔に免じて治療をして差し上げますわ」


 その言葉に彼は顔を上げる。その顔は涙と鼻水にまみれていた。


「あ、ありがどうござびばず! よろじぐおでがいじばず!」


 彼の言葉に頷くと、彼の妻に回復魔法をかけた。瞬く間に彼女の状態は良くなっていく。そして、感謝の言葉を述べると彼らは私たちの側につくことを誓ってくれた。

 その日を境に、私たちの下には毎晩のように村人が助けを求めて訪れ、そして、私に味方してくれる村人は、追い出そうとする村人が減っていくのとは逆に増えていった。


「くそっ、村人たちをたらし込みやがって。ふざけんな! 出ていけ!」


 独り気勢を上げるゴーツクの叫び声が響き渡る。しかし、彼に付いている村人たちは最初の頃の勢いどころか、いい加減終わりにして欲しいという気持ちが表情に出るほど、やる気が感じられなくなっていた。


「おい、お前たちがちゃんとやらないから、俺たちが舐められてるんだぞ! 分かってんのか?」

「つっても、こっち側はどんどん人が減っていくしな。流行病にかかる人も結構出てるし」

「それどころか、かかってた人は元気になって、あっちにいるんだけど……」

「ぐぬぬぬ、アイツ等は偽聖女に騙されているだけだ。正義は俺たちにある! わかったらとっとと動かんか!」

「そうは言ってもなぁ。アイツ等を見てると、聖女様が病を治療できるのは本当だしな。俺も家内が病に掛かったらと思うと……」


 ゴーツクは村人たちを必死で煽るが、病の不安の前にはほとんど効果が無かった。


「それに、噂だと聖女様は別にお金を取らないって言ってたぞ」

「聖女様が無償で飲み水を浄化してくれてるおかげで、あっちの連中は病にかかっていないらしいぞ」


 それどころか、こっそりと流した噂によって、ゴーツクの説明とのずれが生じ始めていた。


「俺は……。聖女様に許しを乞いにいく。こっちにいた村人たちも、聖女様に許されたって聞いたしな」

「「「なら、俺も!」」」


 1人が崩れると、多くの村人が後に続いた。外の様子を伺っていた私は、頃合いと見て宿の外に姿を現わす。宿の前に集まっていた村人たちは一斉に私に土下座をした。


 村長であるゴーツクを除いて。


「みなさん。顔を上げてください。私は聖女です。みなさんが例え石を投げつけてこようとも、悔い改める心さえあれば許しましょう」


 土下座していた村人は顔を上げると手を合わせて祈り始めた。


「「「聖女様ぁぁぁ!」」」

「あ、これはヤバいわ。カルトが生まれる瞬間だわ」


 逝きかけた目で私を見つめる村人に私は冷や汗が止まらなかった。


「どうやら、交渉決裂のようですね。それでは、みなさん。真実をお伝えしましょう!」

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