第21話 流行病の村

 レイクイールを目指す私たちは、途中にあるイルフルの村に入った。


「ごほっ、イルフルの村へようこそ」

「今日はこちらに宿泊したいのですが、泊れる場所はありますか?」

「ええと、ちょっと、どこもいっぱいで……ごほごほっ」


 どうやらイルフルの村に泊るのは難しいようだ。かといって、近くに宿泊できるような街も村もなさそうだった。


「これは野営しかないかなぁ。ところで、調子が悪いようですが、風邪ですか?」

「はい、半月ほど前から、村で流行病に掛かるものが増えまして、宿も臨時の治療所にしている有様なのです」


 どうやら病気が流行ったせいで、治療院などのベッドが足りずに宿のベッドを使っているようだ。


「よろしければ、少し見て差し上げましょうか? こう見えて、私、見習いの聖女ですのよ」

「えっ、よろしいんですか?」


 もっとも、私の回復魔法はランク1であるので、病気の治療は難しいが体力を回復させることで延命はできるだろうと思い、施設へと向かった。元が宿だった治療施設は村人の半数ほどが収容されており、宿のベッドを入れても足りていないことがうかがえた。


「とりあえず回復魔法をかけてあげましょうか」

「おおお、身体が楽になった。さすが聖女様じゃ」

「あれ? 病気が治った?!」

「はい、元の元気な状態になりましたのじゃ。ありがたやありがたや」


 病気を治せないはずの私の回復魔法で病気が治ってしまったことに驚いたが、よくよく考えたら病気だと決まったわけではないことに気付いた。


「これは、もしかして毒によるもの?」

「お嬢様の回復魔法で治ったことを考えると、その可能性は高いですね」

「誰かが毒を使ってるってことか?」

「決まったわけじゃないけど、その線で少し調べてみる必要がありますわね」


 私たちは宿で治療を受けていた人たちの一部を回復魔法で治療してあげた。できれば全員を治療したいところだったが、私の魔力では数人を治療するのがせいぜいであった。そうは言っても、回復してあげたことにより、私たちが優先的に宿で泊まることができるように取り計らってくれた。


「宿に泊まれて助かりましたわ。初めて聖女で良かったと思いましたわ」

「さすがお嬢様です」


 急ごしらえだったが、十分にきれいにされた部屋でくつろいでいると、部屋の扉がノックされた。


「聖女様、夜分遅くに申し訳ございません。私、村長のゴーツクでございます」

「どうぞ」


 私が入室の許可を出すと、村長は部屋に入ってきて跪いた。彼の服は他の村人同様に少しぼろそうに見えるが、明らかに良い生地が使われているのが分かる。


「この度は、村の者を救っていただきありがとうございます」

「いえ、大したことはありませんわ。ですが、私は見習いの身。一度に治せる人数には限りがございます」

「それは重々承知しております。できれば、数日滞在していただき、治療を施していただければと思うのですが……」

「対価は……どの程度出すおつもりですか?」


 遠慮がちに治療をお願いしてきている村長に対して、私は対価を聞く。と言っても、公爵令嬢でもある私にとって、村から出せる対価など必要とはしないのだが、村長の態度に引っかかりを覚えたのであえて訊くことにした。


「た、対価でございますか? なにぶん村もこのような状況でして、対価となるようなものは……」

「私は別に村から対価を頂くつもりはありませんのよ。あなたが、と伺っておるのです」

「なっ!? どういうことですかな?」

「流行病……。本当にそうなんでしょうか?」

「ど、ど、どういうことですかな?」


 村長は村の惨状の原因について、やはり心当たりがあるようだった。しかし、ここまで言ってもシラを切るようだったので、交渉は無理だと判断した。


「わかりました。それでは明日、村の人たちに流行病の本当の原因をお伝えすることにしますわ」

「な、なんだと! 変な噂を流すんじゃねえ!」

「変な噂? いいえ、確たる証拠がありますわ。私、見習いだと仰いましたよね? 実はランクが低いので解毒はできるんですけど、病気の治療はできないんですよね」

「……」

「なんですけど、こちらの流行病は私の魔法で治ってしまったんです。不思議ですよね。病気じゃなくて毒だったら治せてもおかしくないんですけどね」

「ふん、だからどうだって言うんだ。聖女と言っても、所詮は外者だろうが。あんたの言葉を信じるヤツなんざ、誰も居ねえ」

「ふふふ、では明日、村人たちにはお伝えしますわね」

「まあ待て。俺もあんたに変な噂を流されたんじゃたまんねえからな。治療だけしてくれるってんなら3万ゴールド出す」

「そんな少しですの? 安く見られましたわね。普通は30万ゴールドからですよね?」


 私は村長を追い詰めるために少し吹っ掛けてみた。もっとも、30万ゴールドで折れるつもりはないのだが。案の定、私の提示した金額を聞いた村長は安堵した表情で大きく頷いた。


「わかった……。では30万ゴールドで手を打とう。だから余計なことを言うんじゃな――」

「ちっちっち。何を勘違いしていらっしゃるのかしら? 私は30万ゴールド『から』と言ったのですわ。勝手に話をまとめないでいただけます?」

「なっ、なんだと!?」

「今回は村長の立場もありますでしょう? それを守ることを考えましたら、60万ゴールドはいただきませんと」

「なっ、ふ、ふざけるな! それでは、ワシの儲けが……」


 私が倍額の60万ゴールドを提示した瞬間、村長は顔を真っ赤にして怒りだした。その勢いのまま、危うく口を滑らせそうになって口を噤んだが、既に手遅れである。予想通り、村長は50~60万ゴールドの金額で契約しているようだ。


「ふざけてはおりませんわ。たった60万ゴールドで村長の地位と名誉が買えるのであれば安いものですわ」

「くそっ、足元を見おってからに……。強欲聖女め。もういい、明日にでも村から出てってくれ!」

「あら、1つだけ誤解が無いように申し上げますと、私は治療に関してお金を頂くつもりはございませんのよ。あくまで今回の流行病の原因を村人に黙っている対価として提示したのですわ」

「ふん、覚えていろ!」


 そう言って、村長は憤慨した様子で部屋から出ていった。


「カーク。さっきほどの会話は録音できてまして?」

「はい、抜かりなく」

「さてさて、せいぜい派手に踊ってくださいまし」


 私は明日の祭りのことを考えてニヤリと笑った。

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