第20話 誰が勇者を殺したか?
「もうイカはいかんですよ。むにゃむにゃ……」
「何言ってんですか。朝ですよ、起きてください!」
昨晩はユーロポートを侵食していた麻薬撲滅を成し遂げたお礼として、盛大な宴を開いてくれた。当然ながら、そこには名物イカ串が大量に用意されていて、私は満腹以上に腹に詰め込んだ。そして宴のあった翌朝、私はスケイリアに叩き起こされていた。
「むぅ、何よ。まだ朝早いうちから……」
「何言ってんですか。もう11時ですよ」
「えっ?!」
時計を見たら既に時間が10時45分だった。さっき見たときは4時半だったのに……。
「分かったから、とりあえず出てって」
「二度寝しないでくださいよ」
そう言って、頭をかきながら彼は部屋の外に出た。それを確認して、私は慌てて着替えて部屋の外へ出るとスケイリアが待機していた。
「おはよう」
「おはようございます。お嬢様。少し話したいことがございますので、食堂の方へお願いします。カークは食堂で待っております」
「朝っぱらから何なのかしら」
私が食堂へ着くと、既にカークライトが席に座っていた。私が彼の向かいに座ると、スケイリアは彼の隣に腰かけた。
「それで話というのは?」
「昨晩、勇者ロベルトが何者かに殺害されたようです」
「えっ? もしかしてリリアナが?」
てっきり、彼女が私の送ったアドバイスに従ったのだと思った私は、そう訊ねると2人は怪訝そうな顔をして顔を見合わせる。
「意味がわかりませんが、とりあえずリリアナ嬢ではありません」
「関係あるかはわかりませんが、勇者パーティーの盗賊であるレティ・ヨークが昨晩脱退宣言をしておりまして、重要参考人として出頭命令が出ているようです」
「彼女が犯人ってこと?」
「いえ、我々の見立てでは彼女ではありません。斬首されて殺害されていたことから考えて、かなりの手練れの男だと思われます。彼女では技術的にも身体能力的にも難しいでしょう」
「なるほど、だから重要参考人ってことなのね。でも出頭命令ってことは居場所は分かっているってこと?」
「はい、彼女はルイス殿下に匿われているようです」
王国によって選ばれた勇者パーティーは原則として脱退不可能である。何故なら、勇者パーティーを脱退することは、魔王に忠誠を誓ったと思われるからである。実際はそんなことはないし、本当に忠誠を誓ったのなら脱退せずに裏切ればいいだけだ。
「まあ、一般人にはそう言うのはわからないのよね。王国自体が煽っているのもあるけど」
「そうですね。おそらく彼女の脱退は彼が絡んでいるものと思われます」
「王位継承権を巡る争い、ってところかしら?」
「その線が濃厚だと思われておりますね。レティの方も殺害に関しては否定しております。バックにルイス殿下がいるとなると、当局もなかなか踏み込めないようで……」
私は話を聞きながら頭の中で状況を整理する。レティの引き抜きだけでなく、暗殺まで含めてルイスが犯人だと仮定する。
「……ウィンドを呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
カークライトはすぐにウィンドを呼び出してきた。
「何か御用ですかい?」
彼の名前はウィンド・ミール。かつて王国中を荒らしまわった怪盗ウインドミールとは彼のことである。風車のマークの入った予告状を送り付け、予告状通りに盗みを働いていた男である。とある事件の時に彼を捕獲して『王国の影』にスカウトした。彼も義賊として腐敗した王国の貴族連中を懲らしめるために動いていたので、利害が一致し快く加わってくれたのである。
「勇者パーティーに加入してちょうだい。そのついでにエドガーとリリアナの護衛もよろしく」
「お安い御用で」
そう言って、ウィンドは風のように消えた。
「相変わらず神出鬼没なんだから。まあ、腕の方は確かだし、問題ないでしょう」
「でも、なんでリリアナ嬢まで護衛を?」
「ルイス殿下が王位を手に入れるためにエドガーを殺すとしたら、リリアナも殺すはずだからよ。あの子、リリアナを嫌ってたしね」
「確かに、お嬢様をライバル視していましたからね」
「絶対とは言わないけど……。リリアナを殺して、私を聖女の座に復帰させる可能性は高いわ。だけど、私が自由でいるためには、あの子が絶対に必要なのよ」
そう、私にとって聖女であり私と張り合おうとする彼女は、まさに生命線であった。彼女に万一のことがあれば、私の身は再び王国に囚われてしまう。自由の味を知った私にとって、それは死刑宣告に等しいものであった。
「そう言えば、何でルイス殿下はレティを引き抜いたのかしら。取り立てて優秀ではないはずなんだけど……」
私がパーティーに居た頃にも暗殺者は定期的にやってきていた。それらを返り討ちにしたのは私なのだが、レティは暗殺者の襲撃があったことにすら気付いていなかったはず……。索敵や鍵開け、罠感知や解除に関しても、せいぜい中の上くらいだった。
「うーん、よく分からないわね。ああいうタイプが好みなのかしら」
「いえ、ルイス殿下はお嬢様以外に好きな人はいないと思いますが……」
「さすがにそれはないわ。そもそも、私は王族と結婚する気はないって言ってたしね。私と結婚するつもりなら、王位継承権にこだわるはずがないもの」
仮に、彼が私と結婚したいと思っていたとする。しかし、今の私はパーティーから追放された身である。いまの彼にとって、レティを引き抜いたり、ロベルトを暗殺したりする理由などない。
「やはり、どこかで仮定が間違っているとしか思えないわ」
そうやって、考えれば考えるほど深みにはまっているように思えた。
「あー、やめやめ。考えても仕方ないわ。さぁ、次の街を目指すわよ」
「お嬢様、次はどちらに参りますか?」
「そうね……。湖の街、レイクイールにしましょうか。あそこには変わった魚料理があるらしいからね」
「ウーナルナー料理ですか?」
「そそ、なんか蛇みたいな魚らしいわよ。食べると精力つくらしいし、旅の疲れを癒すにはもってこいですわ」
「精力……? お嬢様にはもっとも必要ないものではないでしょうか……」
「ちょっと! 余計なことを言っていないで、とっとと行くわよ」
こうして、私たちは次の目的地であるレイクイールを目指して宿を後にするのだった。
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