第18話 第三王子は聖女を渇望する
「フローレス姉様を婚約破棄した上に追放しただと?! くそっ、馬鹿義兄が!」
プラティア王国第三王子であるルイス・エル・プラティアの怒号が部屋に響き渡る。ままならない人生に苛立ちを募らせていた彼はフローレス追放の話を聞いて怒りに肩を震わせる。彼女が婚約者になった時のロベルトの勝ち誇ったような顔を思い出して頭をかきむしる。
「くそっ、あと少しで僕が姉様の婚約者になれるところだったのに……」
聖女となった彼女と婚約者になるために、彼はロベルトに度々暗殺者を送っていた。彼が死ねば婚約者はエドガーに、そしてエドガーも死ねば、晴れて自分が彼女の婚約者となれるからである。結果としてロベルトの行った行為によって、自由の身となったことで、自分が婚約者に名乗りを上げることが容易くなった。
「くそっ、後で婚約破棄するなら、最初から婚約などするなよ!」
彼女が婚約破棄をされたことで、事態はより一層複雑になってしまった。単純に彼女と婚約するだけであれば、自由になった彼女を見つけ出した上で、捕まえて婚約をすればいいのだから。
「だが、姉様の名誉を傷つけたことは許されることではない。絶対に報いは受けさせる」
しかし、彼女に婚約破棄や追放という不名誉を押し付けたロベルトを殺さないという選択肢は、今の彼の心の中には存在しなかった。幸いにもエドガーがいることで、ロベルトを殺しても不都合がない。そのことだけ彼は神に感謝をしていた。
「彼女を聖女として婚約すること自体が間違いだったのだ。彼女が聖女とならなければ、公爵となった僕と姉様が婚約して、辺境の地に巨大な城を建てて、その中で24時間365日姉様を愛でることができるはずだったのに……」
彼はそのために彼女の前では素直な良い子を演じていた。それだけではない、鎖につないで逃げられないようにしたいという欲望を抑えながら、彼女を敬愛し尊重しているように振舞うのは容易いことではなかった。しかし、彼女を手に入れるという目的のためにひたすら耐えた。
「これまで、ロベルトに暗殺者を何度も送ったのに一度も成功したことがない。何故だ……。あの脳筋野郎が腕利きの暗殺者を撃退できるとは思えないのだが……。もしかして、盗賊のレティがそれ以上の腕利きだったとでも言うのか?!」
彼は知らなかった。彼の送った腕利きの暗殺者を全て返り討ちにしたのが聖女としてパーティーに参加している愛しのフローレスだったことを。彼女は聖女としては無能だったかもしれない。しかし、暗殺者としては王国で並ぶ者はいないほどの腕利きなのである。『王国の影』のマスターは伊達ではなかった。
「もしかして、ロベルトのやつの快進撃もレティのお陰である可能性が高いのか……?」
彼は最初からロベルトの快進撃には裏があると考えていた。脳筋で繊細さの欠片もない義兄に高度な戦闘などできるはずがないからだ。それは戦闘に明るくない聖女リリアナですら無能だと気付くほどである。それ以外の人間も当然ながらロベルトの無能さを理解していた。しかし、それを覆すほどの快進撃によって、何も言えなくなっていただけである。
「間違いない。腕利きの暗殺者を撃退するなど、戦士や魔術師にできることではないからな。あいつのパーティーの生命線はレティしかありえない」
ルイスは大きく頷く。レティをパーティーから引き抜いてしまえば、義兄の快進撃は終わり、暗殺者たちもきちんと仕事をしてくれるだろうと考える。しかし、彼女を引き抜く方法はなかなか思いつかなかった。
「お金で引き抜く? いや、難しいだろう。あのレベルの暗殺者であれば信用を重視する。ちょっとやそっと積んだだけでは見向きもされないだろう。何より、ロベルトのバックに付いているのは王国だ。いくら積んでも難しいかもしれないな」
そう言って、彼はため息をついた。王子である彼にとって、一番使いやすいカードはやはりお金である。しかし今回は相手が悪く、お金でなびくとは到底思えなかった。
「あるいは名誉……。例えば、僕が王位を継承したら爵位を授けるとか……。いや、だが、それは僕の目的と相反する……。姉様は王族との結婚に関しては激しく嫌悪していた。国王になったら姉様との結婚は諦めなければいけなくなるいったいどうすれば……」
彼は、フローレスに求婚することを優先するか、彼女を貶めたロベルトを誅殺してフローレスに恩を売って自分になびかせるかという究極の選択に迫られていた。
「求婚するべきか、求婚されるようにするべきか、それだけが問題だ……」
彼の中には彼女と結婚することは確定事項となっていたため、そのアプローチを自分がするか、相手にさせるか、といったところを悩んでいた。しかし、フローレスがルイスと結婚したいと思っているかどうかという最も重要な部分については全く考慮されていなかった。
「理想的な結果を出すための最善な方法があるはずだ……」
もっといい方法が、と何時間も考えた結果、彼は一つの答えに到達した。
「これだ、まずはレティに爵位を餌にロベルトから引き抜く。そしてロベルトを殺す。さらにエドガーも殺す。リリアナも殺す。そして王国を帝国に売り払う。そして適当な田舎に土地を買って城を建ててフローレス姉様を捕獲して、その中で飼育する。そして僕は彼女を一日中愛でる。これならみんなが幸せになることができるはずだ!」
画期的なアイディアだと自画自賛していた彼を側近たちは苦悶の表情で見ていたが、そのことに彼は全く気付いていなかった。そもそも、客観的に見れば、みんなが幸せどころか、ルイス以外には誰も幸せになっているとは思えない結末である。
「恐れながら申し上げます。そのような行為は誰も幸せになどなりませぬ!」
勇気ある側近の一人が彼に忠言するが、彼はそれを聞いて反省するどころか怒りの表情を浮かべる。
「何を言っているんだ? お前には、この素晴らしさが分からないと言うのか? お前は一度死んでからやり直してこい。 おい、お前たち、こいつを死刑にしろ」
他の側近にそう命じると、苦悶に満ちた表情で、忠言した側近を連れていく。その側近は考え直すように何度も叫んだが、その言葉が彼に届くことはついぞなかった。
「ふふふ、フローレスお姉様。やっと、やっと僕とお姉様が一つに結ばれるときがやってきたのです。ああ、世界は何と素晴らしいのだろう」
そう祈りを捧げる彼に、さらに忠言しようとするものは誰もいなかった。もはや、彼の愛するフローレスと結ばれるための、破滅への道を遮ることのできるものは誰もいない。
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