第17話 あくどーい伯爵を断罪します
「お嬢様の方は何か進展はありましたか?」
「ええ、薬を常用していたと思しき男が狼になっておりましたわ。私、襲われまして大変でしたの」
「……襲われた?! 男に襲われたんですか?!」
「マジかよ。そいつ許せねえな! 絶対殺す!」
私がウェアウルフに襲われたことを聞いた2人は傍目から見ても明らかに激怒していた。
「そんなに怒らなくても。油断してやられそうになりましたが、きっちり返り討ちにしましたから。問題ありませんわ」
「「やられそうに?! もしかして、見たのか? アレを……」」
「もちろんです。バッチリ見ましたわ。すごい大物でしたわ!」
「マジか……。大物……大きい?」
「お嬢様が汚されてしまった!?」
2人は激怒から一転して絶望の表情を浮かべていた。
「何をふざけておりますの? 今晩、決行するのですから、ふざけてる暇はないのですわ!」
「「狼と初夜だと!?」」
目の色を変えてバカなことを言う二人にゲンコツを落として黙らせる。
「まったく……。ターゲットはアクドーイ伯爵よ。きっちり準備しておきなさい」
「「かしこまりました」」
その日の晩、私は純黒のドレス、スケイリアは黒い甲冑、カークライトは喪服といういつもの勝負服に着替えると、伯爵邸に向かって大通りを歩いていく。伯爵邸の前では撒き餌の男の1人が待っていた。
「姐さん、よろしくお願いしまっさぁ」
「……嵐が来るわ。力なき者は下がっていなさい」
私の言葉を聞いて、あわてて男は後ろの方に下がる。
「スケイ、やっちゃって」
「おうよ」
スケイリアは剣を抜くと一瞬で敷地の扉をバラバラに切り刻んだ。
「スケイ、カーク。それでは参りましょうか」
私は正門から庭に入り屋敷へと向かう。屋敷の前にはアクドーイ伯爵が仁王立ちになって立っていた。
「貴様ら何者だ?!」
「ふふふ、通りすがりの旅の令嬢ですわ。ですが、あなた方の行った違法薬物の売買、そして、それを使った人体実験、果ては、女性を攫っての人身売買など、到底見過ごすことはできませんわ」
私は伯爵を指差しながら罪状を伝えると、不敵な笑みを浮かべる。
「くはははは、貴様らだったか。俺のモルモットを始末しやがったのは。それにせっかく捕まえた女どもも逃がしやがって。だが、貴様らを始末すれば元通りよ。侵入者だ、始末しろ!」
伯爵の声に従うかのように屋敷の中から兵士やウェアウルフが現れる。
「スケイ、カーク。殺っちゃってください!」
「おうよ」
「かしこまりました」
2人が私の前に出て、迫りくる敵と向かい合う。
「ぶっ殺してやらぁ!」
「生まれてきたことを後悔させてあげます!」
紅いオーラに包まれた2人は、怒涛の勢いで敵をなぎ倒していく。その速度は通常の3倍はあると思われた。
「雑魚とは違えんだよ!」
「お嬢様の初めてを奪おうとしたこと、地獄の底で後悔するがいい!」
「何ですか、初めてって……。いや、何でこんな暇なんですの?!」
意味不明なカークライトの言葉にツッコミを入れつつ、私が直面している大問題に頭を悩ませていた。何故か2人の戦意が極めて高く、私のところに1人すらも零れ落ちてこない。
「見せ場が無いわ……。これは由々しき事態ですわ」
戦闘での見せ場は早々に諦めた私は、おもむろにテーブルとティーセットを取り出した。私が椅子に座ると、なぜか戦闘中のはずのカークライトが紅茶を注いでくれる。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう、カーク」
殺伐とした戦場の中、私の周りだけが平和だった。それは戦いに参加できない私の見せ場のために行ったことなのだが、敵である伯爵には私が煽っているように見えたようで、顔を真っ赤にして怒りだした。
「くそぉぉぉ、お前ら、気合入れろぉぉぉ! アイツを殺せぇぇぇ!」
伯爵の罵声をバックコーラスに断末魔の悲鳴を聞きながら嗜む紅茶は――正直言って微妙だった。結局のところ優雅な音楽を聴きながら嗜む方が良いと再認識しただけに終わった。
「さて、そろそろですわね……。スケイ、カーク。もう良いでしょう」
左右に分かれた2人の間から、覇気を放ちつつ前に進み出る。伯爵たちは気圧されたまま動けないようであった。
「アクドーイ伯爵、この家紋はご存知ですか?」
そう言って、ダガーの鞘を掲げると伯爵が目を見開いた。
「そ、それはローズ公爵家の……。まさか……」
「そのまさかですわ。しがないただの旅の令嬢とは仮の姿。私はローズ公爵家令嬢、フローレス・ローズですわ!」
「暗殺公爵の……。本物か!?」
私の正体を知った伯爵たちの動きが止まった。
「アクドーイ伯爵。お前は、その地位を利用して、違法な薬物を取引し、副作用の人体実験を行ったばかりでなく、無力な女性を攫って薬漬けにして不正に利益を得ようとした罪、許されると思わないことね!」
「はて、何のことか分かりかねますな」
「しらを切るつもりか?」
「それは人聞きの悪い。俺は街の住民のためを思い、最低限の税金だけで街の運営をしているのですぞ。それを人体実験や人身売買などと濡れ衣でございます」
不敵に笑いながら無実を主張する伯爵に、微笑みながら答える。
「では、彼ら前でも同じことを言えますか?」
私は捕まえられた女性たちや、彼女たちを捕まえていた男、そして、撒き餌の男を連れてきた。
「全て、彼らが証言してくれましたわ。もちろん、それにあなたが関わっている、ということもね」
「なんと、そんな下賤の者共の話を信じるとは……」
「お黙りなさい。彼らだけではありませんわ。私自身も捕らえられましたもの。そして、あなたが狼になった人たちをモルモット呼ばわりしていたことも直接見ておりますわ」
「何だと……。まさか、あの時の侵入者は……」
「ご想像の通り、私ですわ」
相変わらず笑顔のままの私に対して、伯爵の表情は次第に渋いものに変わっていく。そして、ついには拳を強く握りしめて、私を睨みつけた。
「くそっ、くそくそくそぉぉぉ! 苦労してここまでのし上がったというのに、こんなところで邪魔をされてたまるかぁぁぁ。貴様らを殺して闇に葬ってくれるわぁぁぁ!」
伯爵は剣を抜いて私を斬りつけようとする。
「ふっ」
私は彼の剣撃を回避すると、すれ違いざまにダガーを鞘から抜いて一閃した。そして、ダガーを再び鞘に納めると、伯爵の首がコロンと転げ落ちた。
「成☆敗! キュピーン☆」
伯爵の胴体部分が切断された首から血を吹き出して倒れ込んだ。それを見た兵士は一目散に逃げだした。わずかに残っていたウェアウルフは私たちに襲い掛かってきたが、スケイリアとカークライトにあっさりと倒されてしまった。
「ふっふっふ。これにて一件落着ですわ」
私はドレスのスカートを翻して、伯爵邸を後にした。
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