第16話 撒き餌を回収したら大物が食い付いてました

 翌朝、宿を出て2人と別れた私はスカイゲートの街で手に入れた撒き餌の回収に向かった。既にマーキングしてある彼らを見つけるのはさほど難しくなく、さっそく動きのある1人と接触した。


「こんにちは、お久しぶりですね」

「ひぃっ! お、お前は……」


 笑顔で挨拶してあげたのに、撒き餌は恐怖に引きつった顔をしていた。餌は食べさせるためにあるから自分で食べるわけないんだけど、彼には関係ないとばかりに恐怖と絶望がないまぜになった表情で上擦った声を上げる。


「な、な、な、何の、用だ?!」

「別に取って食おうって訳じゃありませんよ。まずは落ち着いてください。はい、お水です」


 彼を落ち着けるために笑顔で水を渡したのだが……。彼はなぜかコップに入った水を凝視して固まっていた。


「何やってるんですか。ぐいっと行っちゃってくださいよ」

「あ、ああ、もう逝くよ。逝けばいいんだろ。ちくしょう!」


 なぜか泣きながら男は水を飲む。やけ酒でも呷ってるように見えるのだが、決して酒ではないタダの水である。そして飲み干してから男泣きしていた。一体いつから……この酒を水だと錯覚していた? ――などと言うことはなく、飲んでみたけど普通に水だった。


「えっと、タダの水ですよね?」

「えっ? 毒じゃないのか?」

「いや、落ち着いてって言って渡したじゃないのよ。何で勘違いするかなぁ」

「……」


 どうやら彼の勘違いだったようで、私がちゃんと説明すると気まずそうに俯いた。


「そ、それで、何の用なんです?」

「あなたたちのお仕事の状況を知りたいのよ。ここに仕事に来たんでしょ?」

「ええ、仕事内容は言えませんが、稼がせていただいておりやす」

「言えないような内容なのね……」

「勘弁してくださいよぉ。決してまっとうな仕事とは言えませんが、俺たちも生きていかなきゃいけないんですから」

「まあいいわ。仕事内容については大体分かっているから。それはそうと他の仲間は?」

「半分ぐらいは途中から伯爵様の屋敷で内勤になりやした。それから会ってはおりませんが、伯爵様の使いの方から近況を聞いておりやす」

「あなたは……それを信じているの?」

「……」


 私が内勤に移った人の近況について訊いてみると押し黙ってしまった。どうやら彼らも薄々は内勤に移った人が無事でない可能性があると考えているのだろう。


「真実を知る覚悟はある?」

「真実を……」

「もし、彼らがどうなったか知りたいのであれば、私たちが協力してあげるわ。でも、知らなかった方が良いと後悔するかもしれないわよ」

「……それでも知りたいっす」


 彼はまっすぐな目で私の目を見ながら答えた。どうやら彼は根はまっとうな人間のようだと感じた。


「そう、わかったわ。ちなみに……、あなたは売り物に手を出していないでしょうね? 責めないから正直に答えなさい」

「えっ、あ、はい。俺は売り物には手を出しておりません。もっとも伯爵様も売り物の管理は大雑把で、仲間の中には売り物に手を出したことのある人間が結構います」

「そう、ご愁傷様ね。まあいいわ。そしたら、今日の夜、伯爵の屋敷の前まで来なさい。それで私の後にくっついて来ればいいわ。でも、私たちには近づかないようにね。巻き添えを食らいたくなければ」


 少し脅しのようなことを言ったが、彼の心は揺れなかった。大きく頷くと「お願いしゃす」と言って裏路地に消えていった。


「やっぱり、伯爵には裏がありそうね。まずは下見をしておこうかしら」


 私はさっそく伯爵の屋敷に向かった。裏手の壁を乗り越えて敷地内に潜入すると庭をくまなく調べて回る。すると、屋敷の裏口付近に地下への隠し扉があった。鍵がかかっていないようだったので、中に入ると鋼鉄の壁で作られた通路になっていた。しかし、鋼鉄のはずの壁には何か鋭い爪のようなもので引っ掻いたような傷がそこら中に付けられていた。


「何か不気味な気配がするわね……」


 私は気配を最大限に消しながら慎重に先へと進んでいく。すると遠くの方からグルルルル、という唸り声のようなものが聞こえてきた。声のする方に進み、曲がり角のところから覗き込むと直立歩行をしている狼のような生き物が先の通路のあたりをうろついていた。


「あれは……ウェアウルフ?」


 そう呟きつつ、撒き餌に付けていたマーキングを確認する。するとマーキングの1つが、そのウェアウルフを指し示していた。


「まさか、あれが?!」


 そう認識した瞬間、私とウェアウルフの目が合った。最大限に気配を消しているにも関わらず、そいつは私に向かって一直線に駆けだした。


「ちっ、速いですわね。仕方ありませんわ」


 私は咄嗟にウェアウルフの首を切り落とす。ミスリル製の刃は頑丈なはずのウェアウルフの毛皮を易々と切り裂き、首と胴が切断される。そして、地面に倒れ伏した。


「何だ?!」


 その音に気付いた何者かが、こちらへと向かってくる。私は咄嗟に物陰に隠れて気配を消した。果たして、やってきたのはアクドーイ伯爵本人であった。


「誰だ、ワシのモルモットを殺したヤツは! 侵入者か?」


 そう言いながら周囲を探し始める。しかし、普通の貴族ごときに隠れた私の姿を見つけることは不可能であった。


「くそっ、見つからん……。ワシだ。侵入者がいるかもしれん。全員で探して捕まえろ!」


 少し探して見つからないと判断した彼は、通信用魔道具を使って応援を依頼した。


「やはり伯爵本人はクロでしたか……。しかし、どうやって脱出しようかしら」


 伯爵や応援はおそらく問題ない。しかし、ウェアウルフ相手には隠れても見つかる可能性が高いことを考えると焦って動くのは危険だった。


「もしかしたら、匂いでバレたのかもしれないわね。それなら……」


 私は懐から匂い玉を取り出すと、入口方面に向かって投げつけた。地面に落ちたそれは、ニンニクやミント、唐辛子やカラシ、胡椒などの粉を辺り一帯に撒き散らした。


「うわっ、何だこれは!」

「目がッ! 目がァァッ!」

「臭い、臭すぎる!」

「グルルルル」


 ウェアウルフだけでなく、応援に駆け付けた男たちも目や口や鼻を抑えてのたうち回っていた。そんな彼ら横を気配を消しつつ通り過ぎて入口から外に出た。全員で中の応援に行ったのだろう。屋敷の外には人の気配がなかった。


 悠々と敷地から抜け出した私は宿へと戻り、2人の帰りを待つ。1時間ほどすると、縛り上げられた男たちを連れて2人が戻ってきた。


「お嬢様の言っていた通り、こいつらが逃げた女性の家に押し掛けてきたぞ」

「くそっ、何だお前らは!」

「私はしがないただの旅の令嬢ですわ」


 素性を聞かれたので答えてあげたら、何言ってんだこいつ、みたいな顔をされた。


「それは置いておいて、痛い目を見る前に正直に全部ゲロってしまうことをお奨めしますわ」

「くそっ、アクドーイ伯爵だよ。アイツが俺たちに女どもを薬漬けにして、娼館に売り飛ばすつもりだったんだ。っていうか、お前本当に令嬢かよ」

「もちろんですわ。拷問も威圧も普通に嗜む純粋培養のお嬢様でしてよ」

「……お嬢様、それはローズ公爵家、というより、フローレス様だけでございますよ」

「ローズ公爵家……。あの残虐非道の……」


何もしていないのに男たちが顔を真っ青にして震えあがった。

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