第15話 囚われ令嬢の脱出劇

「おい、早く運べ! 起きちまうだろうが!」

「いや、こいつメチャクチャ重いんですよ!」


 薬を口の中に入れられて脱力した私は、男の1人に抱えられて、どこかに運ばれていた。しかし、レディに重いとか失礼な男である。そんなんだからモテないんだぞ。

 無事に目的地まで運ばれた私は、後ろ手に縛られて牢屋に放り込まれた。男たちが立ち去った頃合いを見計らって口の中で溶けないように舌の裏にしまっておいた錠剤を吐き出すと、腕の位置を調整して緩くなるようにしたロープを外す。


「ふぅ、潜入成功かしらね」


 私は抜ける時に負担をかけた関節を鳴らして整えつつ呟いた。檻の中を見ると、私以外にも5人ほどの女性がいて、薬の影響からか、うわごとのように何かを呟いていた。


「とりあえず、情報収集と脱出経路の確保かしらね」


 さっくりと檻の鍵を外すと、地上への階段を昇っていく。幸運にも、出入り口となりそうなのは、この階段だけであった。階段を昇っていくと木製の扉があって、外に人の気配があった。その気配が扉の目の前に来たあたりで思いっきり扉を開ける。


「ぐあっ!」


 扉に弾かれて、通路の反対側の壁に叩きつけられた男は、そのままのびてしまった。


「なんだ?! さっきの物音は!」


 物音に気付かれたのか、こちらに向かってくる気配が感じられたため、私は咄嗟に天井に張り付いた。


「なんだ?! おい、どうしたんだ!」

「敵襲か?! バカな、どこから?! ガッ!」

「何だ? グハッ!」


 どうやら、私を連れてきた男たちに気付かれたらしい。だが、2人が気絶した男に気を取られている間に彼らの背後に降り立ちながら1人にかかと落としを当てる。そのまま身を屈めて、男が振り向いたところで首を掴んで壁に磔にする。そして、そのまま男の意識を闇に沈めた。


「ここは、倉庫かしら?」


 どうやら私が連れてこられたのは港付近の倉庫のようだった。周囲の見通しが良いのはデメリットもあるのだが、幸運にも周囲に人の気配は存在しなかった。女性たちを薬で抵抗できないようにしているので、見張りは1人でも十分だと考えているのだろう。


「敵が油断しまくっているのは幸いですわね。とりあえず3人を縛り上げて、彼女たちを解放しますか」


 男たちを目隠しして縛り上げると、檻の中にいた女性たちに回復魔法をかける。しょぼい回復魔法とは言え、薬の解毒程度なら問題ない。


「あ……う……」


 回復魔法によって正気を取り戻した彼女たちに事情を説明し先導する。縛り上げられた男たちを見て、軽く悲鳴を上げた人もいたが、声を立てるのは不味いと判断したのか、すぐに声を抑える。


「ここまで来れば大丈夫よ」

「「「あ、ありがとうございます……」」」


 私は彼女たちを見送ると倉庫に戻り、男たちを再び気絶させてから縄と目隠しを取り、檻の扉周辺を破壊して街へと戻った。流石に捕まえてきた女性に襲われたとは言わないとは思うが、念のため状況証拠も残しておく。


「これで、彼らも私がやったとは言わないでしょう」


 既に完全に日が落ちていたが、私は上機嫌な様子で待ち合わせ場所の噴水に戻るとスケイリアとカークライトが立っていた。


「お嬢様! 何をやってたんですか!」

「やれやれ、大丈夫だと思いましたけど、勘弁してくださいよ」

「いやいや、なんか怪しい男たちに捕まったのですわ。不可抗力ですのよ」

「俺たちが、それで納得するとでも思ってんですか?」

「……思ってる。思ってるわよ! これでいいんでしょ?」

「やれやれ、スケイ。そんな言い方しちゃダメじゃないか。お嬢様、俺たちをあまり不安にさせないでください。さもないと、1人で買い物とか許可できなくなりますよ?」


 さすがカークライトである。1人行動を盾に出られると、さすがの私も強く出られないのを分かっていた。


「ご、ごべんなざい。いきなり襲われて怖かったのぉ」


 私は泣い(た振りをし)て、彼に抱き着いた。彼は私の背中を優しく叩いてなだめてくれる。こんなん惚れてしまうやろ!


「おい、カーク! お嬢様からさっさと離れろ!」

「何を言ってるんです、スケイ。これはお嬢様から抱き着いてきたんですよ。それに今もお嬢様が放してくれないんです。ほら」


 そう言って、私を抱きしめている手を放してアピールすると、再び抱きしめてきた。


「おいっ! そうかよ、今日こそはお前と決着を付けなきゃと思ってたんだ」

「ふっ、お嬢様。そちらのベンチで立ち合いをお願いします」


 ありのままに今、起こったことを話すと、私がカークライトの叱責を回避しようとした結果、スケイリアとカークライトが決闘をする羽目になってしまった。何を言っているのか分からないと思うけど……、私も何でそうなったのか分からなかった。


「やめなさい! あなた達は私の護衛ではありませんか? 護衛対象を放っておいて護衛同士で決闘などと……恥を知りなさい!」


 ブーメランにならないかと内心では冷や汗をかきながら、決闘を止めようと彼らを叱責した。だが、上手く誤魔化せたようで、2人はしょぼんとなった。


「すんません。お嬢様とカークが抱き合っているのを見たら、頭に血が昇ってしまいました」

「すみません、お嬢様。私とお嬢様の愛を邪魔されて苛立ってしまいました」


 2人は素直に謝罪をしたが、どちらもマジメに受け取っていたようだ。申し訳ないと思いつつ、私は2人に調査を依頼する。


「スケイ、カーク。私と一緒に捕らえられていた女性たちも一緒に解放しました。もしかしたら、奴らが彼女たちに接触してくるかもしれません。2人主導で彼女たちの護衛をお願いできますか?」

「「かしこまりました」」


 私がお願いすると、2人は快諾してくれた。


「私は撒き餌と接触してきます。まあ、今日は夜遅いですし、今日の今日で接触はしてこないと思いますので、とりあえず宿へ向かいましょう」


 そう言って、カークの先導で宿に向かった。ユーロポートは交易が好調なのもあり、あちこち開発が進められていた。私たちが確保した宿も昨年オープンしたばかりのところで、あちこちがピカピカだった。


「この宿はチェーン展開していて、この街には既に1店舗あるんですが、ここ最近、仕事を求めてやってくる人たちに対応するために新たに1店舗追加したらしいです」

「でも、それだと出稼ぎに来ても宿代に消えちゃうんじゃないの?」

「どうやら雇用主が前の店舗を1棟借り上げで寮みたいにしているそうですね。宿側としても安定して利益になるし、雇用主側も割安で借りられるみたいです」

「なるほど、でも、出稼ぎ程度でそこまで稼げるものなのかしら?」

「良くない噂はあるみたいなんですが……。どうも裏で大物が糸を引いているようですね」


 裏で糸を引いている大物と聞いて、アクドーイ伯爵が頭の中に浮かび上がる。


「よし、それでは明日できっちり証拠を押さえますわ」

「やる気のあるお嬢様に不安しか感じないんだが……」

「奇遇ですね、スケイ。私も不安しかありません……」


 2人とも失礼なヤツである。私は頬を膨らませて抗議した。


「もう! 私を誰だと心得てますの?! ローズ公爵家の令嬢ですわよ。この程度余裕ですわ!」


 2人はただ無言で私をジト目で見るだけだった。


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