第10話 村は高度な監視社会でした

「こちらが出稼ぎに行った者のリストでございます。気狂いとなって隔離されている者には印をつけております」


 受け取ったリストを確認して、毎年出稼ぎに行っている5人を選び出した。


「とりあえず、この5人が最有力候補ですね。ここから絞り込むとして、例えばお金に困っているなどの動機につながるものと、隔離されている人に接触できるという実現可能性につながるものがあるかどうかですが……」


 村長は少し考えて1人1人の状況を説明してくれた。


「まず、1人目のアルは最近羽振りが良くなったともっぱらの噂ですね。そのせいもあって、何か良くないことに手を出しているんじゃないかっていう話もあります。それに独り身ということもあり、こっそり隔離施設に行くこともできたんじゃないかと思います」

「なるほど、彼は疑うに十分な条件が整っているということですね」

「次に2人目のブラヴォは妻の浪費癖でお金に困っていたはずです。ただ、そのせいでいろんな人からお金を借りていることもあって、半ば監視されているような状態です。そのため、隔離施設に入るのは難しいと思います」

「動機はあるけど、実行は難しいということですね」

「3人目のチャーリーは特に困窮しているという話は聞きません。結婚もしておりますし、お金が必要と言うほどではないと思います。もっとも毎年出稼ぎに出ているので、我々が気づいていないだけかもしれませんが……」

「そうですか、ちなみに彼は隔離施設に近づくことは可能だったのでしょうか?」

「彼は隔離施設の人たちに食事を運ぶ人間の一人です。何人かで交代で担当しておりますので毎日ではありませんが、接触することは比較的容易だったと思います」

「なるほど、動機はこれといって無いけど、実行は十分可能だったと」

「4人目のデールもお金に困っているという話は聞きませんが……。彼は元々素行が悪く、結婚相手もいないような奴で……。暴力的で誰彼構わず暴力を振るうので、誰も目を合わせようとしません。ただ、そんな奴ですから、悪い奴らとつながっていてもおかしくありませんし、誰も視界に入れようとしませんから隔離施設に入るのも難しくはなかったと思います」

「なるほど……目下、最有力候補ということですね」

「5人目のエコーは奥さんが病弱で薬のために出稼ぎに出ております。そういう意味ではお金に困っていたと言えます。彼も食事を運ぶ人間の一人ですので、隔離施設に入るのは難しくはないと思います」

「なるほど……。わかりました、ありがとうございました」


 私はスケイリア、カークライトと共に村長の家を後にした。


「お嬢様、この後はいかがいたしましょうか?」

「デールのところへ行くわ」

「かしこまりました」


 デールの家は見たところかなりボロボロの建物だった。その状態が経年劣化によるものでないことが見て取れるところからも、彼の村での扱いが分かるというものである。


「スケイ、カーク。ここからは私1人で入ります。2人はたとえ誰が来ても、ここを通さないようにしてください」


 私が家の中に入ると、彼は夕方前であるにも関わらず、横になって眠っていたようだ。私が家に入ると、敵襲でもあったかのように飛び起きて身構えた。


「お前、何の用だ?」

「私はフローレスという者です。この村の気狂いについて調べてまして、あなたのお話を聞きたいを思って訊ねたのです」

「帰ってくれ! 俺から話せることは何もねえ!」

「いいえ、あなたの話は是非とも聞きたいところですので……」

「どうせ村の連中から、俺が凶悪だっていう話を聞いたんだろ? いつお前を襲うか分からないぞ! むぐっ……」


 私は素早く彼に近づいて彼の口を塞いだ。


「きゃああ、何をするんですか? やめてください。いやああああ」


 そして悲鳴を上げながら部屋の中を見回す。目的のモノを見つけた私は、偶然を装いながらソレの置かれた棚ごと体当たりした。その勢いで棚から落ちたそれを踏み潰す。ソレが壊れたのを確認すると、私は彼の口を塞いだまま話しかける。


「静かに、これから手を外しますけど、あまり大声を出さないでください。いいですね?」


 彼が何度も頷いたのを見て、口を塞いでいた手を外す。


「失礼いたしました。私の話に聞き耳を立てる不届き者がいたようで」

「ああ、すまねえ。それで話って言うのは何だ?」

「まず、私はあなたが犯人だとは思っておりません。むしろ、あなたの証言が一番信頼に値すると思っております」

「ほぉ、あんたは村の連中とは違うんだな」

「ええ。そもそも、こんな小さな村で人目に付かずに何かをすることなど不可能に近いですから。それに、あなたは孤立していて、目を付けられているのですから、なおさら犯人ではありません」

「俺の話を信じてくれるのか?」

「はい、先ほども申し上げましたが、あなたは確実に犯人とは無関係です。なので、あなたの話をお聞かせ願えますか? あまり時間もありませんので、手短に」

「それで何を聞きたいんだ?」

「まず1つ目ですが、隔離施設には見張りのようなものはいないのですか?」


 私の質問に彼の表情が歪んだ。


「そんなわけないだろう。あそこには村長の息子であるオスカーやそいつの友人であるインディアとマイクの兄弟が見張りをしている。常に、という訳ではないが、彼らに気付かれずに何度も忍び込むのは不可能だろう」

「なるほど、やはり。では2つ目ですが、気狂いになった方は家族がおられますか?」

「確かに気狂いになった連中は全員家族持ちだな。よく気付いたな」

「では、最後の質問です。その方の家族には全員に娘さんがいますよね?」


 私の言葉に彼はしばし考える様子だったが、大きく頷いた。


「確かに、年齢は10歳くらいから22歳くらいだが、全員に娘さんがいたはずだ。しかも父親以外は女性ばかりの家だからな。男手がなくなって苦労してるだろうな」

「わかりました。あなたはしばらくの間、中で待っていてくださいね。外が騒がしくなるかもしれませんが、決して覗いてはいけませんよ」


 そう言って、私は彼の家を出た。そこには村人の集団が武器を持って殺到してきていた。しかし、彼らはスケイリアとカークライトの2人に阻まれていた。


「おい、お嬢ちゃん。無事だったのか?!」

「何ですか? こんな大勢で私たちと事を構えるおつもりですか?」

「いやいや、嬢ちゃんが襲われてるって聞いて助けに来たんだよ」

「何を仰ってますの。私のどこが襲われてると?」

「いや、お嬢ちゃんの悲鳴を聞いたってヤツがいるんだ」

「いやあ、俺が偶然この近くを通ったら、ちょうどお嬢さんの悲鳴が聞こえたんだよ。それで村のみんなを集めて助けようとしたんだ」


 そう言って、村人は小太りの男を見た。立ち位置から判断して彼が村長の息子のオスカーだろうと思われた。オスカーは大きく頷いてイヤらしい笑みを浮かべた。

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