第9話 肉串の宴の後には気狂いの村がありました

 盗賊団を無事に見送って荷物の回収を依頼した私たちはスカイゲートの街に戻った。街は一時こそ領主の悪行が露見したことで暗い雰囲気が漂っていたが、盗賊団を撃退して奪われた品が取り戻されたことでお祭り騒ぎのような雰囲気だった。


「この街を救っていただき、ありがとうございます」


 ワルーイ子爵の代わりに領主として赴任したヘンリック子爵が私たちの下をお礼を言うために訪ねてきた。


「気にする必要はありませんわ。私が少しばかりお節介だっただけのことですから」

「いやはや、なんとも謙虚な。しかし、まさか貴女様がローズ公爵令嬢だったとは驚きでございます」

「おっと、そのことは秘密ですよ。私はあくまでしがない旅の令嬢なのですからね」

「あ、はい。失礼をいたしました。このことは決して口外しませんので、なにとぞご容赦を。それで、貴女様が街を救ってくださったということで、本日は街を挙げて宴会を催す予定でして、よろしければご参加いただければと……」

「なんですって!?」


 宴会と聞いて、私は思わず食い気味に聞いてしまった。あまりの勢いに、ヘンリックも戸惑いを隠せなかった。


「ひっ、い、いえ、無理にとは言いません……」

「それはタダで肉串がたくさん食べられるということでしょうか?」

「えっと……。もちろん肉串も提供いたしますが、公爵令嬢である貴女様のお口に合うかどうかは……」

「もちろん、参加しますわ!」


 タダで肉串食べ放題という誘惑に勝てる者などいるのだろうか。当然ながら、私は二つ返事で参加表明をした。宴会はとても賑やかなもので、肉串以外にも様々な料理やお酒が出されていて、流石の私も肉串以外に目を奪われてしまうほどであった。


「お嬢様、太りますよ」

「うっさい、カーク。今日はめでたい日なんだから楽しむのが仕事なのですわ」


 余計なことを言うカークを叱責しつつ、私はさらに山のように積み重なった肉串を凄まじい勢いで平らげていく。もちろん、肉串以外にもミートパイやらピザやらローストビーフやら唐揚げやらといった様々な料理があったが、私はそれらを無視してひたすら肉串を食べまくった。


「肉! 圧倒的肉! 素晴らしいですわ!」


 肉串の良いところは余計な味付けがされていないところにある。純粋な肉の味を楽しめるのだ。先ほど、公爵令嬢の口には、などと言っていたヘンリックもずっと目を丸くして私が食べる様子を見ていた。


「ああしていると、公爵令嬢なんて悪い冗談じゃないかってね」

「ええ、ええ。まさに私は夢を見ているんじゃないかと思っているところです」


 私が食べるのに夢中になっている様子を見て、スケイリアがヘンリックに私の悪口を吹聴していた。


「うっさい、スケイ!」


 私は食べ終えた串をスケイの眉間に向かって投げた。串はまっすぐ彼の眉間を捉えるとぷすっと刺さった。


「お嬢様、何をしてくれてんですか!」


 串を引き抜きながら、私に苦情を言ってくるスケイを無視して、隣にいるヘンリックに話しかける。


「大変に素晴らしい宴でございましたわ。私も思う存分と肉串を頂けて満足いたしましたわ。ありがとうございます」

「そ、そんなもったいないお言葉を。貴女様のお陰で、この街は救われたのです。これくらいしかお礼ができなくて申し訳ない限りです」


 私が宴のお礼を言うと、ヘンリックは申し訳なさそうに言った。私は肉串を頬張りながら澄み渡る星空を見上げていた。


 夜遅くまで続いた宴会が終わり、私たちは宿に戻ってゆっくりと休息を取った。翌日、私たちは少し遅い時間に起きて宿を出る。そこにはヘンリックが馬車を用意して待っていた。

 昨日、私たちがユーロポートへ向かう予定であることを話したところ、領主の馬車を貸してくれることとなった。そのお陰で、今朝は少し遅めの時間でも問題なかったのである。


「ありがとうございます、ヘンリック。それでは私たちは出発しますね」

「はい、またいらした際にはお声掛けください」


 ヘンリックはお辞儀をすると御者に合図を出す。馬車がゆっくりと走り出してスカイゲートの街が少しずつ遠ざかっていった。借りた馬車はさすが貴族御用達のもので、山道でも揺れが酷くなく非常に快適だった。


「風が気持ちいいわね」


 借りた馬車はオープンカーのような壁や屋根のないものを選んだ。一応は雨が降った時のために傘は付けられるが、基本的にはトラックの荷台のような馬車である。

 360度景色を楽しめる馬車なのだが、貴族っぽくないという理由で持っている人は少ないのだが、ワルーイ子爵が持っているのは予想外だった。


「ろくでもないやつだったけど、この馬車を持っていたことだけは評価してもいいかもね」


 草原を抜ける風を身体に受けつつ、景色を見ながらつぶやきが漏れる。


 3時間ほど走って、途中のロトールという村で休憩をする。さほど変わったところもない長閑な村だが、やたらと男が少ないように感じた。


「この村はどうですかの?」


 休んでいると村長さんが訊ねてきたので思ったことを聞いてみることにした。


「なんとなくですけど、男の人が少なくありません」

「……やはり気づかれますか。うちの村は農閑期にユーロポートに出稼ぎに行く人間が多いのです。特に、ここ数年は出稼ぎで稼いでくるお金も多いこともあって、揃って出稼ぎに行くのですが、帰ってきてから『気狂い』になる人間が増えまして……。仕方なく隔離しているのです」

「ふぅん、それって見せてもらうことはできますか?」

「……。まあ、いいでしょう。あまり他言しないようにお願いします」


『気狂い』が気になった私は彼に実際に掛かった人を見せてもらうようにお願いした。彼はあまり広めないことを条件に私を隔離施設まで連れて行ってくれた。


「ああああううううう」「ヴァアアアアア」「コナを、白い粉をくれぇぇぇ」


 隔離施設は酷い有様だった。半数以上の人間はまるでゾンビのようにうめき声を上げるだけだった。白い粉をご所望のようだったので小麦粉を与えてみた。


「チガウワァァァ、クソグァァァァァァ」


 白い粉なのに違うと言われて罵倒されてしまった。なんとも理不尽なヤツらである。私は大きく頷くと、振り返って村長に告げる。


「うん、これは薬物中毒と呼ばれる症状ですね」

「な、なんですと!? いったいどうして……」

「おそらく出稼ぎの時に何者かに唆されたのでしょう。そして常習者になってしまったということですね」


 私の完璧な核心を得た推理に思わず自ら頷いてしまうほどであった。しかし、それを聞いた村長は大きくかぶりを振った。


「いえ、どうして先ほど小麦粉を使われたのかと……」

「それは、監視していた人を欺くためですわ」

「えっ、監視ですか?」

「そうよ。さっきまで、あそこの物陰に隠れて様子を伺っていましたわ。さすがに小麦粉を与えようとしたところで、状況を把握していないと思ったのでしょう。どこかに行ってしまいましたわ」


 そう、いくら薬物中毒と言えど、薬物を断っている状態で、意識が混濁とするほど症状が進むことはあり得ない。


「おそらく村人の一部が関与していると思われますわ。出稼ぎに行った方は把握されているしょうか?」

「あ、はい。もちろんです」


 私たちはリストを確認するための村長の家へと向かった。

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