第8話 聖女リリアナ・ローズ

 リリアナ・ローズは全ての人から愛されている。それは誇張表現でもなんでもなく、単なる事実であった。実際に、姉であるフローレスよりも華麗な外見であった彼女は陰気な姉と違って男性からの人気も高かった。

 父親であるムサッシは2人に公平に接していたが、母親であるメルシャはリリアナだけを溺愛していた。


 2歳年上の姉であるフローレスが成人の儀で聖女の天職を授かったと聞いた時、何かの間違いではないかと思っていた。彼女のような地味な人間が勇者である第一王子の婚約者になるなど、あってはならないことであった。


「ロベルト様の婚約者に相応しいのは私のような高貴な人間だけですわ」


 プライドの高い彼女は世の中が正しくあらねばならないと考えていたが、それを証明するには2年の歳月を待つ必要があった。


「リリアナ・ローズ公爵令嬢。そなたの天職は聖女である。しかと拝命せよ」

「ありがたき幸せにございますわ」


 長い2年の歳月を耐えた彼女に待っていたのは聖女という天職であった。これでやっと世の中の間違いを正せると意気込んだところで、勇者パーティーへの合流を打診された。なんでも現在聖女として同行しているフローレスが無能であるため、代わりにリリアナに加わって欲しいとのことであった。当然ながら、ロベルトの婚約者もフローレスからリリアナに交代することになる。


「光栄の至り。謹んで拝命いたしますわ」


 こうしてリリアナは勇者パーティーに合流するために、馬車でヨークレイの街まで向かっていた。途中のスカイゲートの街では、領主と盗賊団が結託していたという噂で持ち切りであったが、聖女である彼女にとって重要なのは一刻も早くヨークレイの街にたどり着き、婚約者でもあるロベルトと合流することであった。


「ロベルト様、すぐに参りますわ!」


 この日は、盗賊団を撃退して街に平和を取り戻したということで、街中お祭り騒ぎの宴会が行われていた。しかし、リリアナたちは静養して体力の回復に努めるのが義務であったため、宴会には参加せず、宿に引きこもっていた。


「さて、いよいよですわ。ロベルト様と共にする日がやってきましたわ!」


 翌日、リリアナたちはヨークレイに向けて早朝から馬車を走らせていた。街は昨日の宴会で夜遅くまで騒いでいたこともあって静謐としていた。


「世界の誤りは修正されつつあります。状況は既に修正されました。あとは、私たちで魔王を討伐し、ロベルト様と共に王国を導いていくだけですわ!」


 自身の思い描いていた状況に整いつつある中、彼女の妄想は留まることを知らない。既に彼女の頭の中はロベルトと共に魔王を討伐し、凱旋した王都では国民の祝福を浴びながら彼と共に正妃として王国を導き、王国に永遠の繁栄をもたらした聖女として永遠に語り継がれる姿が作られていた。


「しかし、理想の世界は今だ道半ば。これからも精進していかねばなりませんわ」


 彼女自身は才能もあるし、それを生かすための努力も惜しまない優秀な人間であった。


「とはいえ、あのフローレス姉様ですら無能と呼ばれながらも快進撃を続けてきた勇者パーティーですもの、優秀な聖女であると認められた私であれば、魔王討伐など片手間でもできそうですわね」


 しかし、その優秀さは姉であるフローレスがいないことが前提であった。昔からフローレスと比較されてきたリリアナだが、外見こそ遥かに勝っていたが、それだけだった。外見だけで中身が無いと言われた悔しさから、人一倍努力をしてきたという自負がある。しかし、フローレスは努力を踏みにじるように易々とリリアナを超えていく。そのことにコンプレックスを抱いていた彼女は無意識のうちに無能聖女と見下していた。


 そして馬車はロベルトの待つヨークレイに到着した。


「リリアナ、待っていたぞ! よくぞ来てくれた」

「もったいないお言葉でございますわ。殿下」

「ええい、殿下などと他人行儀な呼び方をするではない。婚約者となって、俺のパーティーの一員となったのだ。これからはロベルトと呼ぶがよい」

「ありがとうございます。ロベルト様」


 ロベルトはリリアナを見て、あからさまに鼻の下を伸ばしていた。もちろん、フローレスに対しては無能であると蔑まれるようになる前ですら、一度もそんなことは無かったことをリリアナは知っていた。それだけに彼の反応は彼女の優越感を大いに刺激するものだった。


「ロベルト様は、これまで回復魔法がろくにない状況で苦労されたと思います。しかし、私がこうして参った以上、今までのような苦労はないと断言いたしましょう」

「ふふっ、リリアナよ。お前のその気持ち、しかと受け取ったぞ。既にランク5の回復魔法を使えると聞いたがまことか?」

「はい、瀕死の大怪我だけでなく、身体部位の欠損、呪いなどの治療もできるようになっております」


 魔法のランクはどの系統も9まで存在が確認されている。だが、こと回復魔法に関してはランク5で致命傷の回復や状態異常、欠損の治療など一通りのことができるようになるため、回復魔法を目指す者は基本的にこのランクを目指すことが多い。


「ですが、勇者パーティーの聖女として、さらなる向上を目指す所存でございますわ」


 ランク6以降はこれまでの魔法をより使い勝手を良くするためのものが多く、効率や回復力こそ劣るが瞬時に発動させることができるもの、広範囲に回復効果を発揮するもの、ダメージ自体を吸収するものなどが中心となる。もちろん、ランク8には24時間以内の蘇生を可能にする魔法であったり、ランク9に至っては、死亡時に自動的に蘇生させるようなものも存在する。勇者パーティーの一員としてメンバーの命を預かる以上、リリアナとしてはランク5程度で満足するつもりはなかった。


「心強い限りだ。無能聖女であるお前の姉とは大違いだな。はっはっは」

「あの無能聖女のしょぼい回復が命綱となっていたと考えると恐ろしいですわね」

「そうだな。特に俺は前衛で身体張ってるんだ。回復魔法はまさに生命線。それをあんな無能が握っていたなんて、今から考えるとぞっとするぜ」

「これまでは、さほど酷い状況にはなりませんでしたが、これから戦闘が激化することを考えると、このタイミングでリリアナ嬢が加わってくれたことは幸運ですね」


 勇者であるロベルトだけでなく、魔法使いのミラ、戦士のゴードン、盗賊のレティもロベルトの言葉に完全に同意していた。彼らが自分を殊更に持ち上げてくれることに、思わず笑みが漏れる。


「ふふっ、私も皆様が取り返しの付かない状況になる前に、こうして力になれる機会を得られたことには感謝しておりますわ」

「さすがだな。美しいだけではなく、他者を思いやる優しさがあって、なお謙虚であるなど、そこらへんの有象無象にできることではない」

「うふふ、ロベルト様ったら。褒めても何も出ませんわよ」

「正直な感想だ。それはそうと、成人の儀を終えて、すぐにこちらに参ったのだろう? しばらくは、この街で静養すると良い」

「ありがとうございます。ロベルト様」


 こうして、リリアナと合流した勇者パーティーはさらにしばらくの間、ヨークレイで静養することになるのだった。というのは名ばかりで、ロベルトがリリアナとイチャイチャしたいだけなのだが、いずれにしても勇者パーティーはヨークレイにしばらくの間滞在することになった。



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