第5話 冤罪は突然にやってくる

 翌日、私たちは宿から出ると――衛兵がずらりと入口を包囲していた。


「フローリア嬢と従者のスケイリアとカークライトで間違いないな?」

「何ですの? いきなりやってきて……」

「お前たちに殺人の疑いが持たれている。大人しく付いてきてもらおうか」

「殺人? そんなこと言われる筋合いはありませんが?」

「しらばっくれるな! お前たちが馬車に同乗していた乗客を殺害したという証言があるのだぞ!」


 そう言って、私たちの前に引きずり出されたのは乗合馬車の御者の人だった。彼の顔も体もボロボロで、明らかに拷問紛いの取り調べによって言わされたのは明らかであった。


「そんな状態の方の証言に効力があると思いまして?」

「ふん、そんなの知らんな。いずれにせよ、お前たちが人を殺したという事実は変わらん。大人しく付いてこい」

「待ってください。私はやっていません!」

「嘘をつくな!」


 ホントにやっていないのに嘘だと言われてしまったので、いっそのこと全員殺してしまおうかと思っていた。


「い、いえ、その方は手を出しておりません。あちらの男性の方がやっておりました」

「お前は黙ってろ!」


 貴重な証言をしてくれた御者の人を衛兵の一人が殴り飛ばした。彼の証言のお陰で命拾いをしたにもかかわらず酷い連中である。だが、さすがにここまでされて動かないわけにもいかないと思っていると、その衛兵の顔が凹んだ。物理的に。


「あがばぁ」

「おっと、手が滑ってしまいました。すみませんね」


 よく見るとカークライトの拳が血まみれになっていた。彼は作ったような笑顔を浮かべると手を鳴らした。


「ええ、ええ。確かに乗客の方を殺してしまったのは私だけですね。でも、1人殺すのも2人殺すのも同じだと思いませんか?」

「くそっ、大人しくしないか!」

「ええ、ええ。大人しくしてもいいですよ? ただし、その方をちゃんと解放してくださるのであればね。別に良いんですよ? 2人殺すのも、3人殺すのも大して違いは無いでしょう?」

「ぐっ、くそっ。そいつを解放しろ!」


 私は解放された御者の人に近寄って身体を支える。


「大丈夫ですか?」

「ああ、はい。ありがとうございます。すみません、あなた方を売るような真似をしてしまって……」

「いえ、お気になさらず」


 彼の無事を確認した後、私はカークライトの方を見て小さく頷いた。彼も理解したのか私の方を見て小さく頷く。


「解放したぞ! 大人しくしろ!」


 衛兵のリーダーが部下を使って彼を捕獲する。どうやら、自分が反撃食らう可能性があるのを恐れているようだ。やれやれ、碌でもないリーダーだな。


「とっとと歩け!」


 彼を捕らえた衛兵たちは意気揚々と詰所へと戻っていった。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ、スケイ。それよりも宿をもう一泊取ってもらえるかしら? この人も治療しなきゃだしね」

「かしこまりました」


 宿泊の交渉は難航した。先ほどの騒ぎを見ていたこともあって、むしろ早々に出ていくように言われたりもした。しかし、スケイリアが何度も丁寧に事情を説明してくれたおかげで、何とか1泊だけという条件で部屋を確保してもらうことができた。


「それじゃあ、この人を部屋に運んでちょうだい」

「かしこまりました」


 御者の人を部屋に運んで、さっそく回復魔法をかけてあげた。ランク1とはいえ、レベルが高くない一般人を治療する分なら十分なものである。見る見るうちに体中の打撲や擦り傷が消えていく。


「おお、素晴らしい! 一瞬にして怪我や痛みが消えてしまいました」

「ささ、傷は治りましたが体力は回復していませんので、今日はこちらでお休みになってくださいませ。彼も付いておりますので、ご安心を」

「ここまでしていただけるなんて! あなた様は一体……?」

「ふふふ、ただのしがない旅の令嬢ですわ」


 治療した上に休む場所まで提供し、さらに護衛として騎士を貸してくれた私に感謝しつつも、只者ではないという気配を感じ取ったようだ。しかし、今はただの旅するお嬢様であるため、彼の問いかけに不敵な笑みを浮かべながら答えた。


 彼の治療を早々に終えると、私は平民服に着替えて街に向かった。肉串を買って食べながら店のおっちゃんに話を聞いてみた。


「この街は税金は安くていいんだけどなぁ。でっけえ盗賊団がいるらしくてよ。しょっちゅう馬車が襲われているらしいぜ」

「そうなの? それだと物価が上がりそうじゃない?」

「そうなんだけどよ。それ以上に税金が安いんだわ。むしろ王都とかの方が上乗せされていて高くなっているのかもしれねえな」

「うーん、確かにそうかも。でも、そんな盗賊団を野放しにしてるの? ここの領主は」

「いやいや、定期的に情報を集めては討伐隊を組んでいるらしいんだけどよ。どっからか情報が漏れてるらしくてな。向かった先はもぬけの殻ってもんよ」

「それって毎回なの?」

「そうだな。仮にも税金で動かしている以上、討伐隊の結果報告はあるんだがよ。最初の一回以外はずっと盗賊がいなかったって話だ」


 もぐもぐと肉串を頬張りながら話を聞いてみた感じだと、怪しさ満点であった。情報を集め終わって戻ってスケイリアと情報共有する。


「お嬢様……。情報元が肉串屋の店主だけなんですけど……」

「いやあ、あのおっちゃん情報通だからね。それで十分なわけですよ!」

「まさか、肉串を食べるついでに話を聞いたとかではないですよね?」

「あははは、そんなわけないじゃないですか……」


 重要な情報を話しているはずなのに、なぜかスケイリアは肉串の話しかしてこなかった。もっとマジメにやって欲しいものである。


「お嬢様、行かれるのですか?」

「ええ、どうもこの街の上の方はきな臭い感じがするわ。スケイは彼のことをよろしくね」

「はっ、お気をつけて!」


 夜になったところで、私は純黒のドレスに着替えた。そして、宿の窓から外へ出て衛兵の詰所へと向かう。夜中ということもあり、衛兵の数もさほど多くはなかった。難なく忍び込んだ私はまっすぐカークライトの捕らえられている牢屋へと向かった。


「カーク、大丈夫?」

「お嬢様! ちょっと殴られましたが大丈夫です」

「何か分かったことは?」

「はい、どうやら衛兵は領主の命令で私たちを捕らえようとしていたようです。本命はお嬢様だったようで、私だけしか捕まえられなかった衛兵のリーダーは領主にこっぴどく叱られておりました」


 どうやら彼らは私を捕まえて手籠めにでもしようとするつもりだったのだろう。


「見通しの甘いヤツらね」

「左様でございますな。私も無手を得意としておりますが、お嬢様には勝てませんからね。はっはっは」


 こう見えても『王国の影』のマスターである。身動きを取れなくした程度で手籠めにできると思っているなら甘すぎる。


「どう考えても領主はクロね。下手したら盗賊団ともつながっているかも」

「どうします? 殴り込みますか?」

「ええ、今晩中に片をつけましょ」


 私はカークライトの拘束を外し牢屋から出すと、スケイリアと合流するためにいったん宿へと戻ることにした。カークライトは領主の屋敷へ直接向かってもらい現地で合流することにした。

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