第4話 盗賊は成敗です

「何だと!?」


 縛っていた縄を引きちぎったスケイリアに驚いたのか、ボスの手が止まる。彼の身体を縛っていた縄をよく見るときれいな切断面になっている。


 そもそも、縄抜けできるように縛られていたので引きちぎる必要すらない。だが、私の意図を汲み取った彼はセリフに合わせて紐をナイフで切ったのである。私ほどではないが、さすがの演技力である。


「スケイ!」

「ぐあっ!」


 私は感動して立ち上がる……振りをしてボスのあごに頭突きをかました。悲鳴を上げてボスが倒れる。


「ああ、すみません」


 そう言って、申し訳なさそうな顔をすると、スケイリアが半眼になって呆れたような表情を浮かべていた。


「お嬢様……」

「……ふふふ、たまたま、たまたまですわ!」


 馬車の荷物を物色していた盗賊たちもボスの悲鳴を聞いて馬車から降りてきて、ボスがのびているのと傍らにスケイリアが立っているのを見て武器を構える。


「ボス! よくもボスを!」

「スケイ、やっちゃってください!」


 逆上した盗賊たちだが、10人ほどの有象無象がスケイリアに敵うはずもなく、あっという間に半数がノックアウトされてしまった。


「おっと、動くな!」


 予想通り、目つきの悪い男が老夫婦の奥さんを羽交い絞めにしてナイフを突きつけていた。


「くっ、卑怯な!」

「動くなと言ってるだろう!」


 一歩も動けない私たちを見ながら、残った盗賊たちが私に迫ってくる。


「きゃっ、こ、来ないでください!」


 思わず後ずさった私に、再び男の罵声が飛ぶ。


「おら、動くんじゃねえって言ってるだろうが! こいつの命がどうなってもいいのか?」

「ぐっ……」


 動けなくなった私に男たちが殺到する。そのうちの二人が私の両腕を持って押し倒すと、一人が私の正面から迫ってくる。


「へっへっへ、ボスにゃあ悪いが、俺が先に頂かせてもらうぜ!」


 そう言って、私に飛びかかろうとした瞬間、男の悲鳴が響き渡る。


「ぐああああ、ば、馬鹿な! 何故お前がここに……」


 そう叫んだ男の胸の間から腕が生えていた。その腕が引っ込むとズルズルと男が倒れ込み、その後ろには馬車に隠れていたはずのカークライトが立っていた。彼はニッコリと微笑むと腕を前に出して敬礼をした。


「お嬢様、お待たせいたしました」

「カーク!」


 私は男の腕を振りほどいてカークへと走り出す。もちろん、ついでに正面の男の股間に膝をいれることも忘れない。


「ぐあああ」


 股間を強打された男は地面に蹲り動かなくなった。だが、私にとっては些末なことだ。男を無視してカークに抱き着いた。


「カーク! 来てくれたのね、助かったわ!」

「お嬢様、遅くなりまして申し訳ございません!」

「ホントよ! 危ないところだったんだから!」


 危機一髪のところに復帰したカークと抱き合う私。もちろん演技だ。タイミング的にもバッチリである。しかし、私が演技に浸っていると背後から強烈な殺気を感じた。


「お嬢様……。ご無事で何よりです……」


 笑顔で私の無事を喜んでいるスケイリアだったが、彼の目は全くと言っていいほど笑っていなかった。そう、強烈な殺気は盗賊ではなく彼のものだったのである。


「カークよ。お嬢様は無事だったのだ。そろそろ離れたらどうなんだ?」


 激しい圧を放ちながら私からカークライトを引き離そうとする。


「何を言ってるんです、スケイ。これはお嬢様が放してくれないのです」


 一方のカークライトも激しい圧を放ちながらスケイリアに答える。しかし、私は既に離れようとしているのだが、彼は強く抱きしめたままだった。意味不明に飛び交う殺気が流れ弾となって私に襲い掛かる。耐えきれなくなった私は、タップして放すように伝えた。


「はあはあ、それはいいから。スケイ、カーク、残りもやっちゃって!」


 何とかカークライトから解放された私は、既に息も絶え絶えだった。何とか少しだけ息を整えると2人に戦うように指示する。


 1対9でも勝負にならなかった相手である。2対4ではなおさらで開始1秒にして盗賊は全滅した。


「スケイ、カーク。もういいでしょう。生きている盗賊はロープで縛っておいてください」


 私の指示に従って、盗賊たちを縛る。目つきの悪い男だけはカークが殺してしまったので、そこらへんに放置しておくことにした。そのうち熊か狼が食べるだろう。


 その後は特に何事もなく、無事にスカイゲートに到着した私たちは衛兵に盗賊たちを突き出して報奨金を貰う。貰った報奨金は御者や乗客と分配した。最初は遠慮されたが、私がお金に困っていないことと、エキストラの協力があったから私の演技に騙されてくれたと伝えると、苦笑いしながらお金を受け取ってくれた。


 別れ際に御者の人が私の方を向いて、逡巡したのちに口を開く。


「あまり言いたくはないんですけど、あれが演技だってみんな分かってましたよ。でも、助けてくださったことには感謝をしております」

「……」


 名演技だと思っていた私の演技は、どうやらバレバレだったようだ。最後に感謝はされたが、そんなことは私にはどうでも良かった。


「まあ、か弱いお嬢様と言っている割に普通に喋ってたしな」

「どういうことです?!」

「普通は、あの状況だと声すら出せなくなるはずなんだがな」


 スケイリアが言うには、あの状況下でまともにセリフ言えている時点で普通だとは思えないらしい。どうやら、私の演技力がありすぎて、逆に演技だとバレバレだったようだ。自分の実力の高さが恨めしい。


 やるべきことを終えた私たちは街の中を歩きながら宿を探すことにした。


 この街は王都と北方の街をつなぐ交通の要衝でもあることから、非常に税金が安い。そのため、露店で販売されている品も王都よりも3割ほど安く売られていた。

 とりあえず軽く腹ごしらえをするために、露店で販売されている肉串を購入した。

 こちらも王都だと1本あたり60ゴールドはするのだが、ここでは40ゴールドで売られていた。


「素晴らしいわ、こんなに美味しいのにお財布にも優しいなんて……」

「お嬢様……安くても2本食べたら逆に高くなりますよ」


 安いからと2本目を買ってしまった私にカークライトが呆れていた。


「まあ、いいではありませんか。それよりも早く宿を探しませんと、日が暮れてしまいますわ」


 軽い食事を終えて、御者の人に教えてもらった宿へと向かう。もっとも、仮に宿が見つからなくても『王国の影』のセーフハウスがあるので問題は無いのだが、旅を満喫するためにも宿を見つけるのはほとんど必須だった。


 そして、30分ほど探し回った結果、そこそこ良さそうな宿として『山間の止まり木亭』という宿に宿泊することにした。夕食と朝食が付いて1人1泊500ゴールドとお手軽価格であった。


 夕食は料理自体は素朴なものの品数が多くとても満足のいくものだった。スケイリアが「そんなに食うと太るぞ」と言ってきたことを除いて、特に問題もなく一日が終わった。

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