第3話 山間の街へ

 港町へと針路を定めた私たちは……先ほど追放された街であるヨークレイの街へと入っていった。ただし、勇者パーティーに見つかっては面倒なことになるため、3人とも【隠密】のスキルで気取られないようにする。


 動きは明らかに不審者だが一般人には見えないので問題ない。そして、私たちは乗合馬車の駅へとやってきた。


「歩いていくと思いましたか? 残念、馬車で行きますよ」

「当然ですね」

「まあ、歩いていった方が早いですけどね。我々なら」

「景色を楽しむのも旅の醍醐味の一つよ。仕事じゃないんだから」

「そうですね。失礼しました」


 あっさり納得してくれたスケイリアに対してカークライトは納得していないようだったので、理由を説明したところあっさりと納得してくれた。


「ユーロポートまでは遠いわ。今日は途中の山間の街スカイゲートまで移動します」

「「かしこまりました」」


 乗合馬車はチケットなどは無く、乗る際に料金を支払う仕組みになっている。荷物が多い場合は別途加算されるが、基本的には1人あたりいくらという計算になる。


「3人だと1500ゴールドだね」

「はい、どうぞ」

「まいど、それじゃあ乗ってくれ」


 スカイゲート行きの乗合馬車の御者の人に料金を払った私たちは、馬車へと乗り込む。


「「お手をどうぞ、お嬢様」」

「ありがとう。スケイ、カーク」


 スケイリアとカークライトが私の両脇に立つと、私の手を取って馬車に乗せてくれる。それは、まさに両手に花という光景であると言えた。私たちが乗ってから、老夫婦が1組と荷物を詰めたリュックを背負った商人が1人、そして目つきの悪い男が1人乗ったところで馬車が出発した。


「いい景色ね」


 私は馬車の後ろから見える景色を堪能しながら馬車に揺られていた。街から出てすぐのところでは街道の左右が深い森になっていた。しかし、1時間ほど走るころには森が開けて見通しの良い草原になった。遠くの方には羊や狼、そして鹿や兎などが見えた。しばらく草原を走ると、最初の休憩場所であるウェイラ村へと到着した。


 乗客はトイレに行ったり、食事をしたり、思い思いの行動をしていた。私たちも降りて馬車から離れたところに移動する。


「カーク、馬車の中で隠れて待っていられるかしら?」

「あの男ですか?」

「そう、私たちが言うのも何だけど、血の匂いがするわ」


 荒事を生業とするせいか、私たちはそう言った匂いに敏感である。そして、あの男からは私たちと同じ匂い――人を殺したことがある人間特有の匂いを感じ取っていた。


「単なる乗客の可能性もあるけど、嫌な予感がするわ」

「お嬢様がそう言うのなら間違いないですね。わかりました。私は隠れて様子を伺いましょう。それ以外のトラブルはお嬢様にお任せしても大丈夫ですか?」

「ええ、もちろんよ。でも、最初に動くのはスケイね。私はか弱いお嬢様を演じるわ」

「ふふふ、お嬢様がか弱いなんて。ドラゴンも尻尾を巻いて逃げ出すようなお嬢様がね。ふふふ」

「ちょっとスケイ。笑わないでよね。まったく、冷静沈着なカークを見習ってほしいわ」

「お嬢様。私も心の中では大爆笑でございます」

「いらなかったわ、その情報」


 私が散々弄られたのは不本意ではあるが……。ともかく、当面の動きを確認した私たちは馬車に戻る。


「おう、戻ってきたかい。あれ? もう一人のお客さんは?」

「あ、執事ことですの? 彼は私のお弁当を忘れてしまったので、街に走って取りに行っておりますわ」

「……それって、意味ないんじゃねえのか?」

「ご心配いりませんわ。優秀な執事ですから」

「そうかい、まあ返金はできねえけどな。追い付いたら乗せてやるから安心しな」

「まあ、ありがとうございます」


 私は役者さながらの素晴らしい演技で御者を丸め込むことに成功した。もちろんカークは私が話している間に隠れて馬車に乗り込んでいるので問題ない。そんなやり取りをしているとほかの乗客も戻ってきて、馬車は再び走り始める。


「そろそろ山道に入ってきましたわね」

「おう、結構揺れるから気を付けてくんな」


 その後、さらに2時間ほど走ると馬車は山道へと入った。この先は街道とは言いつつも地面は砂利が多く、スピードを出すことが難しくなる。街まではあと1時間というところだが、手ごろな村もないため山道に入るところで野営のような形で休憩を取ることになった。


 私とスケイリアも馬車を降りて休憩する。


「何も起こりませんね」

「まあ、さっきまで見晴らしのいい草原だったしね。あんなところで何か仕掛けたりはしないでしょう」

「何かあるとすれば……。この先、ということですね」

「この先の山道では馬車もスピードが出せないしね。何か仕掛けてくるとすれば、そこでしょう。……分かってますよね?」

「ええ、もちろんです。この先以外には考えられません」

「いえ、そうではなくて……。私はか弱いお嬢様ですので、しっかり護衛をお願いします、ってことです!」


 一応と念押ししたのだが、なぜかスケイリアは固まっていた。


「ああ、ええ? もちろんです。と言っても、護衛なんてしなくても有象無象にお嬢様が傷つけられるとは思いませんが……」

「スケイ! 何事も形から入るのが大事なのです!」

「……わかりました。私も全力を尽くしましょう。無駄だとは思いますが……」


 そうして、万全の準備を整えた私たちは山道へと入っていく。そして、あと15分ほどでスカイゲートの街に到着する、というところで、私たちの前に武装した盗賊と思しき男たちが10人ほど現れた。


「少なすぎるわ……」


 余りにもしょぼい戦力で私たちを襲撃した相手を見て、思わず私の心の声が漏れてしまった。


「おい、お前ら全員外に出てこい!」


 全員を馬車から下ろされる。


「きゃああ、どなたですの。私、とても怖いですわ!」

「お嬢様、お気を確かに!」


 盗賊の前に引きずり出された私は、予定通りか弱いお嬢様を演じるべく悲鳴を上げた。


「おうおう、上玉がいるじゃねえか! おい、お前ら! まずはこの紐でお互い縛りやがれ!」


 そう言って、縄を渡されると後ろ手に縛られた。だが、この程度の束縛など少し工夫すれば簡単に抜けることができるのを彼らは知らないのだろうか。ともかく、私とスケイは腕の位置を調整して簡単に抜けられるような状態で縛られることにした。


「ああ、やめてくださいませ。私、とっても怖いです! お願いです」

「お嬢様!」


 自画自賛と言うなかれ、今の私はホリーウッド女優も真っ青な名演技だ。ちなみに、ホリーウッドと言うのは、ホリーウッド劇団という隣の国のハインケル帝国で最も有名な劇団の名前である。


 私たちを縛った後、盗賊たちはボスを残して荷物を物色し始めた。一方、ボスは私の目の前にやってきて、顎を持って顔を上に上げさせた。いわゆる顎クイってヤツだ。だが、そんなものが有効なのはイケメンだけだ。髭面のおやじにされたところでときめく要素は皆無であった。


「おう、なかなかじゃねえか。こいつは高く売れるぜ! でも、まずは俺たちで味見をしてからだな!」

「いやぁぁ、やめてください! スケイ、助けて!」


 私はイヤイヤと首を横に振ってボスの手を振りほどくと、スケイの方に向かって軽く頷いた。


「お嬢様! うおおおぉぉぉぉぉ!」


 スケイは気合を入れると、縛っていた縄を引きちぎった。

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