発見された手記の六頁目 暗雲

 吹き飛ばされた寛治郎の下へ駆けつけるべきか、父が起き上がる事にかけて自分も応戦すべきか、東次郎は考えるには足りない数秒で頭を回転させた。

 愚かさと若さゆえ選んだのは後者だった。

 東次郎は果敢にもコートの男に飛びかかったが向こうのほうが数秒早かったらしく、東次郎がマスクの男にやったように腕を掴まれ、通常肘が曲がる向きとは逆の方向に膝蹴りを入れられた。追い打ちをかけるように壁に蹴り飛ばされる。

 もがき、痛みにあえぐ東次郎は何もできぬままコートの男を睨んでいた。

 「これがお前の息子か。寛治郎。」

 微かにこもった、低い声はコートの男の声だった。

 コートの男は顔の向きを東次郎の方にやると

「動きは悪くない、俺等みたいなやつの素養もある。いつから戦い方を教えた。」

「自分の息子まで仕事に巻き込めるかよ…それにこの仕事のことを話したのは三日前だ。」

 寛治郎は歯を食いしばるように言い、立ち上がる。

 そして再び、光の速さの如く殴り合いが始まった。

 東次郎はうな垂れるように、痛みを堪えながら二人を見る。次第に段々、父の動きにラグがあるのが分かった。

 再び寛治郎は蹴り飛ばされる。男の蹴りは相当の威力で、三発目の蹴りを食らった時には体が震えていた。

「寛治郎、お前も随分衰えたな…蹴り三発でこのザマだ。やっぱお前の息子に託して引退したらどうだ?」

「ふざけるな…あいつには普通の生活を送ってもらいたいんだ…こんなボロの一軒家じゃなく、普通の、平和を味わってほしいんだよ…」 

「お前の理想は聞き飽きた。機能しない道具は道具らしく、捨てられちまえば良い。」

 男は再び東次郎の方に顔を向けると、東次郎に話しかけ始めた。

「なぁ小僧、お前はどう思う。お前は父親の跡継ぎでいたいか?」 

 それを言われた瞬間東次郎の頭の中は真っ白になった。果たしてこの先、父の秘密を知ってしまった自分は後を継ぐことになるのだろうかなどと考えたこともなかった東次郎はそれを言われても答えることはできなかった。そんな東次郎をみるなりコートの男は東次郎の心中を察したのか話を続けた。

「…まぁいい。それはお前が決めることでも無さそうだしな。小僧、よく見ておけよ。」

 そう言うとコートの男はコートの内側からおもむろに何かを取り出し、寛治郎の方に向けた。

 瞬間、弾けるような火薬の音と一瞬の光がその場にいる全員を照らした。

 父の寛治郎の身に何が起こったか、理解できたのは鼻腔を突き刺す焼けるような匂いが東次郎に届いた瞬間だった。

 かくして東次郎の父はコートの男に殺された。あまりに重い事実は東次郎の思考から言葉を奪い去ってしまったのだ。東次郎は何も言えず、ただ次の瞬間を刮目するだけだったが、寛治郎が起き上がる気配は無さそうだった。

「もしお前が寛治郎から与えられた呪いで復讐したいのなら俺は『TOKYO CITY』で待ってるぞ。」

 コートの男はそう言うとリビングの割れた窓から出ていった。追いかけようとした直後、東次郎は突然の疲労感と衝撃で気を失いかけてしまった。

 微かに聞こえたのは十数分前に聞こえた時よりも重いエンジンの排気音と、男女数名の話し声だった。

「おいあれ!あれ寛治郎じゃねえか!?」

「本当だ。一足遅かったか。」

「そこに倒れてるのは多分あいつの息子だろう。」

「こちらN3、『死傷者』と『生存者』を確認。」

 東次郎が覚えている会話はこの程度だった。そして最後に見えたのは極彩色に歪む視界だった。



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