発見された手記の五頁目 疾風、火花

 東次郎が飲み込んだ錠剤の効果は十秒と経たずに現れた。途端に東次郎の視界は左右にものすごい勢いで振れ始め、体の芯から熱を帯びているのが分かった。

 ドアが蹴破られる。マスクの男はこちらを目視すると拳銃を向け、撃鉄を上げる手前の動作まで行おうとしていた。

 錠剤の効果からか、異様な気分の高揚を抑えられなくなった東次郎は思考より行動が一歩先に出ていた。

 次に状況を飲み込むときには握りしめた拳がマスクの男の防弾チョッキに月のクレーターよりも深い窪みを作り、部屋に向かい合わせの廊下の壁まで吹き飛ばしていた。

 東次郎自身でも何が起こったか状況が掴めず唖然としていたが、その沈黙を下から聞こえてくる足音が破った。

 階段の方に目をやるとさっき殴った男と同じ服装の男がいた。音を聞きつけて来たのだろう。収まらない興奮が身を乗り出し東次郎は別の男を殴ろうとした。

 しかし男の動きのほうが一手早かったらしく、向けられた銃口からは火花がほとばしっていた。

 だが不思議なことに狭い一戸建ての廊下にいながら東次郎に傷一つつくことは無かった。それはやはり例の錠剤の影響らしく、東次郎から見ればまるで弾丸がゆっくり動くように見えており、3発撃ち込まれたはずの銃弾を全てすり抜けていったのだ。

 東次郎には武術の心得など教えてもらった経験が無ければ、正統派な戦い方なんて知る由もなかったが不思議と動く手は男の銃を持っている右手を掴み、手首を普通では曲がらない向きに力を込めていた。

 男は叫びと呻きの混じった苦痛の声を出していたが、すぐさま左足で東次郎を蹴り上げた。しかし東次郎は倒れることなく苦悶の表情を浮かべながらも左手の拳を男の胸に向かって思いっきり殴った。

 2階の時と同様男の防弾チョッキには窪みが現れており、マスクの下から首にかけて口から吐血したであろう血が流れていた。

 自分が半殺しにした男の事など気にせず不安に駆られながら東次郎はリビングへ向かった。

 東次郎が見た光景は完全にこの世の常識が捨てられた、別の世界のものと言われても違和感のない様子だった。

 リビングに繋がっているキッチンの光から微かに"何か"が高速で動いていたのをみた東次郎はそれが父と襲撃犯である事はすぐに分かった。

 よく目を凝らすとだんだん東次郎の視界は二人の動きを普通の速さで見ることができるようになってきていた。父と戦っているのはさっき東次郎が痛めつけた男達とはまた違う服装の、恐らく親玉のような黒いコートを来た、西洋の甲冑ような銀色のマスクを被っている男だった。マスクの隙間のような部分からは水色の光が溢れていて、街の電光板のような明るさだった。

 じっと父を見ていると横からから鈍い痛みが走った。階段に面している玄関まで吹っ飛んだ東次郎が見るとさっき腹にパンチを食らわせた男がよろけながらも立ち上がっていたのだ。

 東次郎は男に対抗する心持ちで再びゆっくりとした視界の中、男に飛びかかり、渾身の蹴りを食らわせようとした。男は両腕を盾に防御しようとしたが2階で食らった時の痛みが尾を引いているのか、蹴られた瞬間体勢を後ろに崩し人形のように力が抜けた様子で階段に激突し倒れた。

 その音に気づいた寛治郎は戦いの最中音の方向に目を向けた。

 しかしそれが命取りだった。

 東次郎が父親と顔を見合わせる状況になった次の瞬間、寛治郎はコートの男の蹴りでリビングの奥まで吹き飛ばされたのだ。

「父さん!」

 その一言は生物として、人として、子として不安に対抗すべく本能から出た一言だった。

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