発見された手記の中のニ頁目 ランナーズ



「ほ、本見に行く途中でたまたまと、父さんを見かけたんだ!こ、こ、これ、な、何?」

 東次郎は短い人生の中で様々な本を読んでいたが現実の暴力というものはフィクションで起こる暴力以上のものらしく、東次郎はやや言葉を詰まらせながら話していた。

 今までに見たことのない東次郎の焦りようを見て

寛治郎は静かに言った。

「今すぐ、そのまま真っ直ぐ家に帰りなさい。事情は後で説明する。」

 手先を赤黒く染め、淡々と話す父親を見た東次郎は最早自分が異常なのではないかと考え始めていた。

 そこから家につくまでの記憶は東次郎にはほぼ残っていなかった。彼が圧倒的な好奇心の末見た光景は人の行う所業とは思えずただただ茫然自失のままに歩いていた。

 『父が人を殺していた』

 この言葉を警察に話すという行為は東次郎自身にとってもあまりにも恐ろしく、未だに理解しがたいものだった。

 結局東次郎は自宅に足を運ばせやり場のない衝撃をぶつけるためそのままリビングのソファに倒れ込んだ。

 勿論このことを同級生に相談できるはずもなくただただ一人で考えるばかりだった。今更、よくよく考えてみれば父が堅気ではない仕事を請け負ってたと考えると日常の光景に合点がいくことに東次郎は気づいた。

 父に仕事の事を聞くとサラリーマンと答えられるが、会社勤めにしては不定期に休みが来るしたまに手に傷をつけていたときもあった。昨日までの東次郎であれば父は男手一つで自分を育ててくれている訳で、家のことも東次郎と交代で家事をやっているのでその時に怪我をしたのかと思い込んでいたが、今日の光景を見てしまったからにはそうは思えなくなった。

 そんなふうに脳みそに考えを巡らせていくうちに、玄関の鍵が開く音がした。頭の中で交差していく恐怖と緊張と焦りが東次郎の額に冷や汗を流す。

 とうとう居間に顔を出した寛治郎はいかにも複雑そうな顔をしながら口を開いた。

「とりあえず座って話し合おうか。今はそれが互いにとって最善だと思うんだ。」

 東次郎は父を怪物でも見るかのような目で後退りし、リビングの椅子に座った。同じく寛治郎もテーブル越しに東次郎と対面する形で椅子に座り、ため息を一つつき、口を開く。

「東次郎、もうわかってるとは思うが父さんはな、普通の仕事をしていない」

「いつもああやって人を殺したりしてるの?」

 東次郎は食い気味に声を震わせ聞く。

 それを聞かれた寛治郎は少し考え答えた。

「まず俺の仕事について説明しよう。信じてもらえないかもしれないが東次郎、父さんは」

 父が言い放つ次の言葉を予想し、東次郎は唾を飲み込んだ。

「父さんは特殊な警察なんだ。」

「…え?」

 東次郎は予想外の単語にいかにも鳩が豆鉄砲を食らったような表情を見せる。

「殺し屋とかじゃなくて?」

 父の口から放たれたあまりにも子供じみた単語に東次郎はそう問うしかなかった。

「殺し屋とはちょっと違って、別に人を殺す事が目的じゃないんだ。父さんは外国や国内の特定の要注意団体のテロ行為を防ぐためにそういう団体のものを盗ったり、壊滅させる活動をしてるんだ。」

 事実は小説より奇なりと数百年前、古来から伝えられる言葉が東次郎の頭をよぎる。果たして本当に父がそんな正義のヒーローじみた人間なのか、それにしてもそのことを例え身内の人間といえども全て話してしまっていいのか、東次郎には疑念しか残っていなかった。

「あのさ、そういうのって公安とかの仕事じゃないの?なんだよ特殊な警察って…」

「もう現場を見られてしまった以上しかたなく言うが父さんの所属している組織は公安と並列したものでさっき言ったような汚れ仕事を請け負ってるんだ。そしてその組織に仕えている者を総称して『ランナーズ』って呼ばれてるんだよ。」

「東次郎がさっき見たのはちょうど化学テロを行おうとした連中を片付けた瞬間だったんだ…」

 最早言葉が出ない。突飛な情報が多すぎる。東次郎は父の言葉を嘘か真か、どう捉えればいいか分からなくなっていた。というのも父の様子を見るとここ十七年間過ごしてきた中で五本指に入るくらい真剣な様相をしているのだ。

 沈黙している東次郎に向かって寛治郎は言った。

「別に信じたくないなら信じなくてもいいんだ。いずれ墓に入る手前でお前に言おうとは思っていたからな。でもあの光景を見られてしまった限り、これからお前に何が起こるか分からない。そのためにお前に持っておいてほしいものがある。」

 寛治郎はいつも持ち歩いていたブリーフケースから何かを取り出し、東次郎に手を向けた。

 その動きを銃か何かで自分を撃つんだと悟った東次郎は目を瞑り苦悶の表情を見せる準備をする。

 しかし数秒経ってそんなことはなさそうだと気がついた。恐る恐る目を開けると、そこには小さなポリバッグに入った半分白、半分赤のカプセル状の錠剤が父の手のひらに乗っていた。

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