発見された手帳の中の一頁目 2984
それは世界に凄惨な結果を招いた大三次世界大戦から丁度200年が過ぎた年のことだった。
戦後から著しい成長を遂げた日本は2883年に起こった惑星間移住を積極的に行い、地球から遥か遠く離れた惑星「HAL」の土地にアメリカ領傘下の日本人街「TOKYO CITY」を創り上げた。
TOKYO CITYの発展は凄まじく、古来から文化を認められてきた日本はアメリカのみならず他国からの支援によってHALの中でも有数の経済都市にまで繁栄していった。
一方地球の日本は他国の侵略や圧力により実質的な領土は本州だけとなるまで追いやられていった。
かつては繁栄を遂げた東京は先の大戦によって荒廃し、現在では戦火からかろうじて逃れられた京都に議事堂が建設され京都を中心に日本は建て直されていった。
荻原東次郎は高校からの帰路を辿り宇治川沿いの河川敷を歩いていた。自転車の籠に体操着を詰めた鞄を入れ、自身の体重を少し車体に寄せていた。
観月橋駅の高架下を過ぎた少し後、東次郎は見覚えのあるスーツの輪郭を見た。サラリーマンが手に下げているありきたりな鞄の取っ手を握るその人は東次郎の父である寛治郎だった。
「父さん!」
東次郎は父に声をかけ寛治郎もそれに呼応して東次郎の名前を呼んだ。そこからは二人で自宅まで東次郎の学校や今日の晩御飯の話といった、平均的な家族の会話が続いていた。
そんなどこにでもいそうな親子二人だが子の東次郎は父の秘密を知っていた。否、秘密を知っていたというより知らされた、知る状況に陥ってしまったといったほうが正確だろう。
それは2年前の事、東次郎は休日、日曜日に古本市で本を買いに行こうとしていた時だ。会場までの道中、東次郎は僅かながら道の奥でいつものスーツ姿の寛治郎が足早に横切る姿に気づいた。東次郎は声をかけようとしたが違和感が彼の脳裏を貫いた。何故父は日曜の昼にスーツ姿で歩いているのか、何故そんなにも急いでいる様子だったのか。
それらの疑問よりも最も謎だったのは、父が向かっていた先は廃工場しか無いような区画だったのだ。
高校生にして古本市に行くほど文学に傾倒していた東次郎からすれば好奇心がよくある嫌な予感を押し潰すほど奇妙な状況だった。
こっそり父の後をつけた東次郎は十数メートル後から静かに父を見ていた。やがて廃工場から数メートル距離のある事務所のような建物に入っていくのを見た東次郎は自身の好奇心に負け、その建物の中に足を踏み入れようとした。
ドアノブを回し少し壁とドアに隙間ができたその時、これまで聞いたことのない激しい、ものがぶつかり合うような、何かが倒れ込むような音を聞いた東次郎は心臓をつままれたような感覚に陥った。
建物の中で何が起きているのか、あれは本当に父だったのか、やはり好奇心には打ち勝てず東次郎は建物の中へ入った。
目の前に飛び込んできたのはまさに世に聞く「凄惨な現場」という文言にふさわしい光景だった。
東次郎は絶句した。数名の、恐らく堅気とは思えない男達があちこちから血を流し、ある者は吐血しながら机の上に身を沈め、ある者は流血で表情がよく見えなくなっていた。
そして何よりも彼に衝撃を与えたのはこちらに背を向け、屍の上に立ち続け、息を切らしていた父親の寛治郎だった。
寛治郎は気配を秒で読み取ったのか東次郎が室内を見ようと顔を出した瞬間すぐさま右手に持っていた銃を部屋の入口に向けた。
「父さん!待って!俺だ!待ってくれ!」
寛治郎は聞いたことのある声を聞き、すぐさま何が起こったか理解した。
「東次郎…なんでここに…」
窓から差し込む陽の光が部屋に広がる血を赤黒く輝かせる様は天国のような地獄だった。
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