第2話 二日前@美術室
「あと、二日」
放課後、美術室にて。俺は自分に言い聞かせるようにしてそっと期限を呟いた。
流石にこんなご時世であることもあってか、放課後だというのに校舎にはほとんど人がいなかった。狐に包まれたかのような静寂が続く。
待ち人はまだ来ないようだった。
時間を持て余した俺は美術室の中を少し見て回ることにした。絵画、彫刻、陶芸……。雑多に置かれた、美術部の生徒たちがつくった様々な作品の間を慎重に進みながら、それらを目に焼き付けるように鑑賞していく。
すると、ある一つの絵に目が止まった。
数ある作品の中でもひときわ目を引く彩色。ほとんど原色で描かれたその絵は夕日を浴びてさらに眩しく見えた。
タイトルは、『日常』。描かれているのは学校の校舎だろうか。普通ならまず見ることのない黄色や緑色をふんだんに使ってキャンパスの上に建てられた校舎は、毎朝見ているものとはまったく違う美しさを醸し出していた。
絵に見とれて、時間が経つのを忘れる。時計の針が動く音は聞こえるが、今が何時なのかは、てんでわからない。
そのまま何分たったのだろうか。不意に聞こえた声によって、俺は時間を取り戻した。
「ねえ、何のつもり?」
頭の中に残っている、夢の中にいるような心地の
美術室の扉の前には、一人の女子生徒が立っていた。
白いTシャツに紺のデニム。校則に則って肩あたりで括られている長い黒髪。いかにも優等生といった風貌。
実に、彼女らしくなかった。
「ごめん、春日崎。急に呼び出して。それで本題なんだが――」
「私に絵を描いてほしい、でしょ」
俺の声を遮って彼女――春日崎はうんざりしたように要件を言ってきた。春日崎にこの話を持ちかけるのはもう何度目になるかわからない。さすがに春日崎が嫌な顔をするのも致し方なかった。
「何度も言ってるよね。私はもう絵は描かないよ」
「そこをどうにかしてくれないか……!」
「無理。言ったでしょ。世界が終わるその時に、絵を描くなんて意味がない」
あまりにもはっきりとした物言いに、胸の奥でわだかまりが生じるのを感じる。昔の春日崎の顔が浮かんでは消えていく。
先ほど俺が見とれていた絵、『日常』を描いた頃の春日崎なら、なんと言っただろうか。
「どうして……。だって、前は……!」
思わず感情的に叫び声を上げそうになって、ぐっと堪える。
「
黙り込んだ俺を見て春日崎は一方的に話を切り上げると、踵を返して立ち去っていった。美術室にまた沈黙が降りる。差し込んでいた夕日もいつしか弱々しくなっていた。
春日崎の言うこともわかるし、むしろ彼女のほうが正しい。だけど、俺の中ではそうではないのだ。
やはりもう一度見てみたい。春日崎の描く姿を。
春日崎に思い出してほしい。かつての熱を。
ただのエゴになるかもしれない。けれど、もう後はないのだから――。
精一杯やり尽くさないほうが罪だろう。
俺は明日のことを考えながら美術室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます