空が降ってくる前に塗った色は
夜野十字
第1話 世界が終わる日@屋上
どうやら世界の終わりってのは、思っていたよりも早くて、思っていたよりも美しいようだった。
ひときわ強い風が俺の横を通り過ぎる。高層ビルの屋上で吹く風は、地上のそれよりも強いのだということを、俺は今この身をもって知った。
「ねえ、今、何時?」
背後でぼそっとそう尋ねてくる声がする。俺は腕時計に目を落とし、針が指す時刻をそのまま読み上げた。
「午前11時28分34秒」
「そう……ありがと」
帰ってきたのはそっけない返答だった。俺はいつもどおりの彼女の反応に方をすくめながら、今しがた自分が読み上げた時刻に驚いていた。
本日正午、12時00分00秒。世界は終わる。空がにヒビが入り、崩壊することでこの世界は均衡を保てなくなり、壊れる。
俺の腕時計が正しいなら、あと三十分とちょっとでその時が来るようだった。
きっと今頃街は混沌としていて、怒号や悲鳴が絶えないのだろうと、見てもいない景色を想像しながら俺は聞こえてくる音に耳を澄ませた。
息づかいの音が二人分、聞こえる。風が強く吹き衣服がはためく音が、聞こえる。建物が時折軋みをあげる音が、聞こえる。
逆に言えば、それ以外の音は聞こえてこなかった。
世界の終わりが近づいているにしては妙に静かな空間で、俺は息をつくと振り返り、キャンバスの前に座る少女に目を向けた。
「
「…………」
春日崎から返答はなかった。俺は視線を彷徨わせ、彼女の周りをぐるっと見渡した。
青色の絵の具が、濃淡の異なる青色の絵の具が、小さな椅子に座る彼女の周りに散らばっていた。それだけでも十分芸術作品になりそうな光景だったけれど、まだ足りない、ということだけは強く感じられた。
春日崎が直面しているキャンバスは、白紙だった。
手にしているパレットに出された絵の具も徐々に乾いてきており、彼女がどれだけの間静観しているかがよく分かる状態だった。
このまま膠着状態が続くようなら、間に合わないかもしれない。俺は最悪の事態を危惧し、そっと春日崎に声をかけた。
「春日崎、一度休憩でも――」
「いや。いい。描かせてほしい」
俺の声を遮るように、春日崎は声を張り上げる。
なるほど、彼女の目には、まだまだ光が灯っていた。
春日崎はまだ「描きたい」という意思を捨てていなかった。
それなら、
「……すまん。余計なこと言った。続けてくれ」
俺だってまだまだ希望を捨てるわけにはいけなかった。
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