お前は青春に親でも殺されたのか?

木染維月

プロローグ

 存在しない夏休みに焦がれたことはあるか?


 田舎の村で、青々とした山と光る入道雲に囲まれて、白いワンピースを着た黒髪の少女とひと夏の思い出を作りたいと思ったことはあるか?

 自分たちより背の高いひまわり畑で、麦わら帽子の少女と駆け回りたいと思ったことは?


 俺か? 俺はある。万年そんなことを考えて、いつもそんな話ばかり書いているさ。









「なぁ、起きてくれ」


 隣でスヤスヤと眠る彼女を揺り起こす。その気持ち良さそうな眠りを妨げることに罪悪感がないでもなかったが、今はこのはやる気持ちが勝ちだった。


 書けた。ついに書けてしまったのだ。この小説こそ我が人生の最高傑作。公募に出せばたちどころに話題となり、世間はこの話で持ち切り、コミカライズや映画化ドラマ化も待ったなし、俺は一世を風靡した作家として名を残し続けるだろう。さすれば夢のように印税が振り込まれるし、このボロの六畳一間ともおさらばだ。エアコン代をケチって扇風機で夏を凌ぐのも今年が最後に違いない。もっともその扇風機すら、今は彼女に独占されてしまっているのだが。


 目を覚ました彼女は、不機嫌そうにこちらを見上げた。


「何ですか。それは本当にいたいけな少女の眠りを妨げる価値のあるものですか?」


「当たり前だ。なぜならこの小説が出版された暁には、お前だってこんな硬い畳の上で寝なくてもいいんだから。そうだ、ウォーターベッドを買おう。よく知らないけど凄いものらしいし」


「はぁ」


 彼女──白いワンピースを着た、長い黒髪で色白で細身で、麦わら帽子とヒマワリ畑が大層似合いそうな少女──は、毛ほども興味なさそうに返事した。


「また飽きもせず『私』の話を書いたんですか? 本当、気持ち悪いですね」

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