第4話
「相変わらず人来ないのな」
放課後、所属している図書委員の仕事で図書室を警備していると、同じく図書委員の
「日岡くん、部活行ってもいいよ? 特に仕事もないし、一人でも大丈夫」
「それじゃあ俺が大丈夫じゃねぇ」
「?」
視線は体育館に向けたまま頬杖をついた日岡くんが不機嫌そうに言う。夏よりも少しだけ長い髪がサラッと揺れた。日岡くんの目がゆっくりとわたしに向けられる。
「中野、本当に本好きだな。ずっと読んでんじゃん」
「面白いよ。日岡くんはあんまり読まないよね。せっかく図書委員なのに」
「だって俺、なりたくて図書委員になったわけじゃないし。まあ今年は自分で決めて入ったけど」
「そうなの?」
初めて聞いた事実に首を傾げると日岡くんは「ああ」と頷いた。
「じゃあ去年は推薦とか?」
「良く言えばな。押し付けられただけだけど」
「……もしかして寝てた? 夏も一年のとき保健委員押し付けられたって言ってたよ」
高校に入学してすぐの委員会決めで、ちょうど眠りこけていた夏が標的になったらしい。
「あいつは手当する方じゃなくてされる方だよな」
「ふふ、確かに」
この間だって部活で怪我したのを手当してあげたばかりだ。選手としても大事な身体なんだから気をつけろと言っても「わかった!」で済まされてしまう。全然わかってない。バレー馬鹿なのだ、根っからの。
——ヴーヴー……
ブラザーのポケットの中で震えたスマホを取り出すと、奏からメッセージが届いていた。
『楽器決まったよ! 希望通り一緒にフルート吹ける!』
「よかった」
「なに、なんかあったの?」
「友達がね吹奏楽部なんだけど、今日一年生の楽器を決めるとかで、可愛がってる後輩の希望が通ったってメッセージが」
「ふーん。中野そんな顔できるんだな」
「え、なんか変な顔してた?」
「すごく緩んだ顔してたけど」
「そ、それはしょうがないよ。嬉しいんだから」
友達が嬉しそうにしているとやっぱり嬉しい。後輩の子とも何度か話したこともあったし、奏と一緒にたくさん練習している姿も見ていたから。
喜びを表すスタンプに頬を緩ませていると、じっとこちらを凝視している日岡くんに気づいて恥ずかしさから視線を落とす。
「わ、悪い?」
日岡くんはいや、とゆるく首を横に振ると口元に笑みを浮かべた。
「可愛いなって思っただけ」
「へぁ」
ちょっと待って変な声出た。
「と、突然どうしたの。そんなこと言うタイプじゃないでしょ」
「……誰にでもは言わねーよ」
それはどういう意味? と口を開きかけて閉じた。日岡くんの得意げな瞳が遠慮なくわたしを射抜く。揶揄われているのだろうか、本気か冗談かもわからない。誰にでもは言わなくてもわたしだけとは限らない。そんなことを考えている時点で相手の術中にハマっている気がする。
「そういえば中野、帰宅部だよな」
「へ? う、うん」
「やっぱ部活入んないの?」
さっきまでの妙な空気はどこへやら、思い出したように質問されて一瞬返答に困った。「……やりたいことないの」逡巡した結果そう返せば日岡くんは「ふーん」と興味なさげに頷いてから「うちのマネージャーは? 夏も誘ってたろ」と当たり前のように聞いてくる。もう聞き飽きた台詞に胸の奥がずくんと重くなる。
「やらないよ」
「なんで?」
なんでって。逆にどうしてそんなことを聞くのか。夏も奏も日岡くんもお母さんも、まるでわたしが夏の傍にいるのが当然かのように二言目にはバレーだのマネージャーだの。
……いや、こんなのはわたしが捻くれているだけだ。日岡くんはただ純粋に質問しただけで、みんなだってそう。そこに強制めいたものなんてなくて、わたしがただ勝手に圧を感じているだけ。
口を噤んだわたしに日岡くんは代わりに口を開いた。
「あんなバレー馬鹿が傍にいるんだから、ある程度のルールくらい知ってるだろ」
「……まあ」
「ならやってみりゃあいいのに」
「…………」
確かに、なんでも経験してみるっていうのはいいことだと思う。日岡くんの言うように、小さい頃からずっと夏と一緒にいたからバレーボールの知識は知らず知らずのうちに身に付いていた。だけど。
「わたしは、マネージャーになんて向いてないよ。ほら運動部ってタイプじゃないでしょ? マネージャーだって忙しく動き回るだろうし、体力もいる。わたしには向いてないよ」
「そう? 俺は向いてると思うけど」
自嘲するように笑うと日岡くんはそう言って窓の方に顔を向けた。
「中野って、ときどきここからこうやって体育館の方見てるだろ。中の様子までは見えねえのに、中野にはまるで見えてるみたいで……そのときの表情とか俺すげー好きだよ」
「……」
「あー……いや、うん。なんつーか眼差しが優しくてバレーが好きだって伝わってくるっていうか」
「——わたしは別に」
バレーボールなんて好きじゃない。そう思うのに口には出せなかった。なんだか夏を裏切るようで胸が締め付けられる。
完全に無意識の行動だった。言われて初めて気がついたような、それくらい無意識で自然な行動。図書室から見える体育館。そこでは夏が楽しそうに生き生きとバレーボールに励んでいる。毎日くたくたになるまで練習して、試合をしてはまた練習する。きっと追い求めればどこまでいっても終わりのないそれは辛くて苦しいこともたくさんあるだろうけど、夏にとってはどうしようもなく幸せな時間なんだろう。いつからかそんな彼を見ているのが苦しくなった。眩しくて眩しくて目を逸らしたくて、だけど眩しいからすぐに見つけてしまって。
「——わたしなんてマネージャーになる資格はないよ」
「中野?」
だってわたしは別にバレーボールが好きなわけじゃないし、なにより心から夏を応援できていないから。
進むことも戻ることも振り返ることもできない。わたしはただ、その場で足踏みしているだけだ。
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