第一章 サンクチュアリのアルヴィエ男爵家④
その日、言われた通りのおつかいができなかったニネットは
きちんと謝ったのだが、「申し訳ありません。また後で行ってまいります」と
説教は外が暗くなるまで続いた。
このまま朝を
(またエッダに助けてもらっちゃった)
エッダにお礼を言いつつ、やっとのことで
「今日はお
「ニネットは悪くない。悪いのはあいつらだろ。商店のババアと、この屋敷を乗っ取った親子」
「……屋敷を乗っ取った親子、って。エッダはいい子よ? いつも私たちの味方でいてくれるじゃない。今日だって、エッダのおかげで私はこの
「どうだか。あの女が腹黒く見えないニネットはどうかしてるよ」
「そんな……理由もなく人を疑うのはよくないと思う」
つい反論すると、口争いのようになってしまった。
ティルは目を
(きつい言い方になってしまったかも)
反省したニネットは、部屋の一番奥、通路を
エッダについては、よくティルと意見が食い違う。
ニネットにとっては、エッダは年下の友人であり、ティルと同じように大事な妹分に変わりない。
けれど、ニネットの立場を
「ティル、今のは私がよくなかったわ。ティルは私のことを心配してくれたのに、ごめんね」
口を
「……俺はニネットから
「私の代わりに
「なら……ニネットはこんなに
ニネットは
「お父様がいた
「それにしたって」
「……形勢逆転が難しいとわかったら、怒りは消えちゃったのよね。だって、私は
ティルが息を
精霊の
イスフェルク王国の王都サンクにタウンハウスを持つ名門貴族では、特にそういう人間が多く生まれるのだという。
そして、アルヴィエ男爵家が治めるこの聖域サンクチュアリにも、同じような言い伝えが存在する。サンクチュアリはこんなに小さな町なのに、精霊と契約できる人間の割合がとんでもなく高いのだ。
この国では、精霊が見えて契約できる人間の割合は五パーセントほどだといわれているが、サンクチュアリだけに限って見ると十五パーセント程度の人間が精霊と契約できている。精霊が生まれ育つといわれる土地ならではの現象だ。
しかし、ニネットはサンクチュアリを治めるアルヴィエ男爵家に生まれたにもかかわらず、精霊と契約できていない。
その理由は継母にあった。
ニネットの「自分は精霊と契約していない」という言葉にティルが反応する。
「それは、あのババアが俺たちに精霊と契約する許可を出さないからだろう? あのババアが理由をつけて許可を出さないのは、ニネットが高位精霊と契約するのが
「ティル……大人になれば自分たちで
「その前に、この家は完全に乗っ取られるよ。中位精霊と契約しているエッダがどこかから
イスフェルク王国では、十三歳で精霊と契約する資格の
確認には国へ申請し許可を得ることが必要になる。もちろん、後見人が精霊と契約するのに不適だといえば許可は下りない。
それは、サンクチュアリのアルヴィエ
どうやら大昔、とある名門貴族に生まれた者が、幼いうちにとんでもなく強大な力を持つ精霊と契約してしまい、精霊に
当時、事態はなんとか収束したものの、精霊サイドも無傷ではなかったようだ。
それ以来、精霊サイドは『十三歳に満たない人間とは契約をしない』、人間サイドも『精霊と関わっても問題ない人間か
ニネットとティルは『教育が行き届いていない』という理由から、継母から精霊との契約可否について確認を許されていなかった。
けれど、今年十三歳になった
エッダに見えるのは中位精霊で、そのこともニネットたちの立場を悪くしている。
(精霊が見える人の中でも、中位以上の精霊と契約できるのはほんの一部だと聞いているわ。少なくとも、このサンクチュアリにはエッダだけ。エッダを
ため息をつくニネットの想いを
「この国では、精霊に愛される人間ほど異性を引き寄せると言われている。それに
「ティルは物知りね」
「茶化すな。エッダがそれなりにいい精霊と契約できたのだって、この家を乗っ取ったからだろう。精霊が契約者を選ぶにあたって家名を重視することは、王都から来た家庭教師に教わった。アルヴィエ男爵家の名前は精霊にとっても特別だって」
(ティルが言いたいことはわかるけれど、私たちがこの
話せば話すほど悪い方にしか考えられず、どうにもならない気がした。
空気を変えたかったニネットは、パンと両手を
「今夜は寒いわね。一緒のベッドで
「……は」
「ほら、こっち」
ニネットは自分のベッドに入り、ブランケットをめくってぽんぽんと叩く。
半分空けたからここにおいで、のジェスチャーのはずだったのだが、さっきまで厳しい顔をしていたティルは信じられないというふうに目と口を開いた。
まさに、ポカンである。
そしてもう一度
「……は?」
「あれ、来ないの?」
「
ティルも『ふざけるな』の顔をしているが、ニネットだって信じられない。
「うそ! 去年までは一緒に寝てたのに……!?」
「それ去年じゃないから! ここ数年は一緒に寝てないだろ!?」
ティルは半ばヤケクソのように
(そんな……。そうだったかな。そうだったかも……最近のティルは、本当に難しい……)
さみしいが、弟分の成長は認めなくてはいけない。
ニネットもしぶしぶひとりでベッドに
するとティルのベッドの方からぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
「ニネット。今は金を
「そうね、楽しみ」
その数分後、
(──この言葉は、
窓の外から差し込む月明かりがほんのり小屋の中を照らしている。
──その穏やかな日々はあっけなく終わりを
生贄悪女の白い結婚 ~目覚めたら8年後、かつては護衛だった公爵様の溺愛に慣れません!~ 一分 咲/角川ビーンズ文庫 @beans
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