第二十七話


 こんこん。


 木製のドアを甲冑を着けた男がノックする。

「何か?」中から声が聞こえる。

「ロワイド様。エリュス・ミランディア様をお連れ致しました」

「うむ。入れ」

 

 甲冑の男が扉を開き連れた女性を室内に招く。

 簡素な室内のデスクに座っていた男が立ち上がり、入って来た女性にソファーを勧めると自らも女性の向いのソファーに腰を下ろした。

 ロワイドと呼ばれた男がソファーに座るのを確認した女性は優雅にソファーに腰を下ろす。

 甲冑の男はドアの横に直立不動の姿で立っているが、その視線の先が自分の胸元に注がれているのは御愛嬌。

 男の視線が煩わしいのは何時もの事だと半ば諦めているエリュスだった。

 

「突然呼び出して悪かったミランディア殿」

「構いませんよ。ギルドマスターは暇ですから」

 

 エリュスがコロコロと笑う。


 40代半ばのロワイド男爵は恐妻家が有名な男で、エリュスにの視線を送る数少ない男だった。

 自身のスタイルやダークエルフとしての魅惑を十二分に理解しているエリュスにとってロワイドのような男は気が休まる。

 勿論男の大半がその様な目を自分に向けると自惚れてはいなかったが…

 そこ迄思い、数日前にギルドに塩を持ち込んだ太郎と名乗る"迷い人"が、自分の胸を見た視線が性欲とは違う…例えるなら心底感心しているような表情を思い出していた。

 男からその様な表情をされた経験が無いエリュスは太郎と言う異質な男に興味が湧いていた…

 

「さて、茶も出さんですまんが、そうそうに呼び出した理由を話しておくとする」

「……どうぞ」


 話の内容はこうだ。

 10日前におきた魔物の襲撃に加え、ギルドから報告があったダンジョンの変化。

 他領からも同様の報告をうけて、騎士団の力量を上げる為に騎士団をダンジョンへ潜らせたい。

 つまり、現在のダンジョンに潜れる冒険者を騎士団に随行出来ないか?と言うはなしだった。


「……お話は分かりましたが、力量的にローゼン副長で可能では?」

「うむ…確かにそうなんだが…副長と団長には町を守って欲しいと思っておる」


 そこ迄聞いたエリュスがチラッと扉の横に立つ男を見る。

 この男こそ騎士団を束ねる団長様のグラッセンお坊ちゃまだ。

 エドワール・グラッセン。

 ロワイド男爵の寄親であるグラッセン伯爵家の二男様だ。本来、貴族の二男は長男の予備として大人しく生きるのが貴族家に生まれた宿命なのだが、このエドワールと言う男は自分の力を過信してか、騎士になると言い出し寄子であるロワイド男爵の騎士団に強引に入団したのだ。

 

 男爵としても断る事も出来ず、さりとて不遇な扱いも出来ず騎士団長に任命せざるおえなかった…

 当の伯爵家は、直ぐに飽きて戻ると高を括っていたのか、3年経っても戻らぬ二男に呆れ果てているようで、今では三男を教育中だと噂されている。


 実力的な面を言えばローゼン副長のが遥かに上なのだが、いかんせんローゼン副長は女だった。

 男爵自身は騎士団長が女でも構わないと思っているようだが、貴族の慣習と寄親への配慮でこの様な体制になっているのだ。

 

 (確かに、このお坊ちゃまをダンジョンに潜らせるのは危険過ぎるし、副長をダンジョンに向かわせたら町の守りが不安だな)


「……分かりました。随行出来る冒険者を集いましょう。ただし、今確認出来る二層迄ですが宜しいか?」

「二層?何故二層なのだ!」


 馬鹿が求めもせんのに、いきなり話に加わって来た。流石は馬鹿と感心するエリュス。


「我々騎士団の実力を侮って貰っては困る」

「団長!口を慎め!お主は余り理解しておらぬようだが、今の青銅ダンジョンは以前のボス並の魔物が一層から現れるのだ。10日前に現れた魔物の集団と驚異度は同じなのだぞ?」

「し…しかし…」


 悔しそうに騎士団長は顔を歪める。


 (……こやつのプライドの根拠は何だ?よもや自分は死なないと思っておるのか?)


 騎士等と言わず、どうせなら貴族の身分を捨てて冒険者にでもなれば少しは気骨が有ると評価もされそうなものを…とエリュスは思わずにはいられなかった。


「エリュス殿。二層迄で構わん、宜しく頼む」

「分かりました。直ぐに選抜しましょう」

「うむ頼む。報酬等は後ほど伝える」


 エリュスは立ち上がり男爵に一礼し部屋を後にした直後、後ろから微かな呟きが聞こえてきた。


 [平民の分際で騎士の随行だと…冒険者風情が…]


 声を聞いたエリュスは、唇を真一文字に結び足早にその場を立ち去るのだった。





 【ニューカマーダンジョンを攻略致しました。ダンジョンコアに触れた者に報酬をお渡しします。報酬を受け取った後に再びダンジョンコアに触れるとニューカマーダンジョンの一層入口へと転移いたします】


 太郎とハンナはお互いの顔を見る。


「このダンジョンってニューカマーダンジョンって名前なのか?」


 当然の疑問をハンナに投げかける。


「…私も初めて知りました……」


 少しして大広間の台座の横に大きめな茶箱程の宝箱が現れる。


「うーん…どんな報酬が入ってるやら…」


 太郎が宝箱の蓋を開けると宝石や装備品が詰まっていた。


「………信じられない…青銅ダンジョンでこんな…」


 中身を見たハンナが愕然としている。


「この報酬は変なのか?」

「はい。この量って私が聞いたCランクダンジョンの報酬よりも多いと思います…」

「………って事は三層はCランクダンジョンかそれ以上の魔物がいたって事か?」

「かもしれません……あの鎧の魔物は桁違いに強かったですから…」


 そう言ったハンナの体が微かに震える。


「しかし…この量……どうすんだ?」


 二人が持っているバックにとてもじゃ無いが入り切らない量だ。

 かと言って次元マーケットの残高に全て入れるのも……


「太郎さん……これ…」


 ハンナが真っ青な顔をして革製のバックを宝箱から持ち上げた。


「……多分マジックバックかと…それも二つ…」


 そう言えば"辣腕"のランドが持っていたバックに似ている。


「それってどのくらい入るんだ?」

「分かりません。マジックバックには2種類あるそうで、総重量が決まってる物と、種類の枠数があって重さは関係ない物があるそうです」

「……取り敢えず試してみよう」

「はい」


 二人は1つづつバックを持ちながら宝箱の中身をマジックバックに次々と収納していった。


「…俺のバックは重量制のバックだな。最大1500キロ迄入るな…」

「此方は枠でした。枠数は30種類で1枠の重さの制限は…やはり無いみたいです…」

「凄いな…因みに枠ってどう言う枠なんだ?金貨と銀貨は別枠か?それとも貨幣で1枠か?」


 ハンナはバックを開き中に手を差し込む


「金貨と銀貨別枠ですね…」

「成る程……入れ方を考えた方が良いな」


 例えば"辣腕"パーティーと出会った時のオークの様な物は枠に入れたほうが良いだろう。同じオークの死体なら1枠で複数体入るはずだからだ。


「さて、どうする?ダンジョン迄飛ばして貰うか、来た道を戻りながら経験稼ぐか…ハンナはどうしたい?」

「私は…一度町に戻りたいです」


 ハンナの言葉に肯く太郎。


「よし。戻るか」


 二人は中央の台座の前に立ちダンジョンコアに触れた。





「おっ、お前ら生きてたのか!」


 ダンジョンから出た太郎とハンナに若い騎士が声を掛けてきた。数日前にダンジョンに入る時にタグをチェックした騎士だった。


「一度死にかけたがね」


 太郎が苦笑する。


「なーに。生きてりゃ勝ったも同然だ」


 陽の光は少し傾き始めている。時間的に14時位だろうか?


「後20分位で馬車が出るぜ」と若い騎士が教えてくれた。


 太郎とハンナは若い騎士に礼を言い、馬車の待合い場所に立つと馬車の御者が太郎に声を掛けてきた。


「冒険者さん。今このダンジョンには誰も潜って無いから直ぐに出せるぜ」

「お!それは助かる。ハンナ乗ろうか」

「あ、はい」


 太郎はハンナを抱き上げ、荷台に持ち上げた後に馬車に乗り込んだ。


「よし、出発だ」


 馬車の御者が鞭を一振りすると勢い良く馬車は走り出した。

 ダンジョンの中とは違う風が二人を包み込み、ダンジョンから無事に帰れた事を今やっと実感したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る