第二十六話


 うばたまの 夢になにかは なぐさまむ うつつにだにも あかぬ心を

 

       古今和歌集 清原深養父きよはらのふかやぶ


 薄っすらと目を開いた太郎は、柔らかな重さを感じ視線をおとす。そこにはハンナが太郎の胸に覆い被さるようにして静かな寝息をたてていた。

 そっと腕を上げハンナの髪を撫でながらダンジョンの天井を眺める。


 (どうやら生き残ったようだ……ん?ここは何処だ?)


 辺りを見渡す。

 どうやら洞窟の入口では無い。となると…


「ハンナ、ハンナ」


 太郎がハンナの名を呼ぶとハンナが目を覚まし太郎の顔を見つめた。


「うっ…」

「う?」

「うわ〜〜ん太郎さん太郎さん太郎さん!」


 わんわんと泣きながら太郎の首にしがみついて泣くハンナ。びっくりしながらも太郎はその柔らかな髪を撫でる。


「あー…何が起きたか分からないが……俺は平気だハンナ」

「うう…う…死んだかと……死んだかと思いました…」

「そうか…心配掛けたな。何が起きたか分からないが大丈夫だ」


 余程怖かったのだろう。暫くハンナは太郎の首にしがみついたまま時間だけが過ぎていった。




「成る程……背中の入れ墨がね…」


 鎧の魔物の戦いで瀕死になった太郎を救ったのは背中に彫った入れ墨だった。

 

「……ん~~……そのなんだ…この世界だと俺の背中に彫った入れ墨とかが、何かの力を持つことは日常的なのか?」

「私は実際見たことは有りませんが、一部の少数部族等で体に紋様を挿れる風習があるそうですが、魔除け的なものらしく…特に効果があるとは言えないそうです」


 そりゃそうだろう。向こうの世界の入れ墨も精神的なものに過ぎないからな…


「あ…でも、魔法…いえ、魔術師が使う紋様術式は限定的に効果があるんです」

「魔法じゃ無くて魔術?……それはどんなものなんだ?」

「はい。魔術師と言うのは広義で使われる言葉で、錬金術士や薬士。召喚士等の総称です。彼等は図案や紋様を使い世界に変化を齎します」


 一部意味不明な職があったが、取り敢えずはスルーした。


「そいつ等は俺の背中の入れ墨みたいな物を使うのか?」


 ハンナは首を傾げ太郎の背中の入れ墨に指を這わせる。


「薬師の使っていた紋様は、太郎さんの入れ墨?のように精緻な紋様では無かったです。どちらかと言えば図形と文字の組み合わせでした。錬金術士や召喚士の紋様は見たこと無いです…」


 (そうか……となると何かしか別の要因があるかもしれないな………ん?……確か…兄貴の加護とかなんとか…)


 太郎は自分の能力表を表示した。

 


 氏名 朝倉 太郎

 年齢 42(不老)

 種族 ヒト

 職業 極道/冒険者


 体力 893+2382

 筋力 893+1068

 知能  56+199

 敏捷 110+98

 

 特技 威嚇/地球の知識/たらし

 技能 ケンカキック Level 7

    チョウパン  Level 5

    馬乗り    Level 4

    ぶっ刺し   Level 7

    膝蹴り    Level 6

    剣術     Level 5

    銃技     Level 2

    魔術     Level 3(up)

    共有     Level 1

    次元マーケット


 加護 親父の加護   2

    兄貴の加護   2(up)

    夜の女神の加護 1


 ………兄貴の加護の数字が増えている。

 すると、兄貴の加護ってのは入れ墨と関係するのか?

 太郎の背中には愛染明王の図柄。右肩口には竜の図案。左肩口は雷神の図案が彫られている。

 我ながら派手に彫ったものだ。

 当時、彫り上がった入れ墨を見た兄貴はニヤニヤとしていたが、姉御には何やら呆れた顔をされた記憶が蘇る。


 取り敢えず、兄貴の加護が入れ墨と関係は在るようだ。


「ハンナ。ここは入口じゃ無いが安全なのか?」

「鎧の魔物が倒れた場所ですが、あれから3時間程経ちますが魔物は現れてません…安全かどうかと言われたら…わかりません」

「確かに、俺が意識失ってたんだから動かしようが無いか……ハンナ心配かけたな」

「いえ……」


 やっぱりハンナは姉御に似てるな……


「さて、実質ボロ負けだったが、洞窟の先を見てみるか」


 そう言うと切り刻まれた装備の替えを次元マーケットから物色し始めるのだった。


 


「……………………」

「……………………」


 洞窟を進んだ太郎とハンナは、先程の場所から20メートル程進んだ場所で立ち止まり無造作に置かれている巨大な宝箱の前にいた。


「あー……これって所謂宝箱だよな?」

「…宝箱に見えます…あからさまに…」


 縦1メートル、横幅1.5メートル、奥行1メートル程の宝箱にしか見えない物が洞窟の床に鎮座している。

 見た限りでは鍵穴等無さそうだが、果たして開けて良いものか、太郎とハンナは宝箱から少し離れた場所で話し合う。


「こう言う物って開けて良いものか?」


 太郎の疑問にハンナが首を傾げる。ハンナにしても初体験の事態だった。

 ランクの高い冒険者が、ギルド酒場で宝箱の話をしていた事があるが、大半はダンジョンボスを倒した後に報酬?として現れるらしい。

 ボス討伐以外で宝箱が現れる場合、何らかの隠し部屋を初めて見つけた場合にだけ現れる…そんな話だった。


「……ん~~するとあの鎧の魔物はボスだったのか?」


 ハンナが首を振りながら"わかりません"と答える。


「でも…仮にあの鎧の魔物がボスだとしたら近くにダンジョンの外に出れる転送陣とかがあるって聞いてます」

「何だその転送陣ってのは?」


 これにもハンナが首を振る。


「……取り敢えず開けてみるか…」


 太郎は宝箱に近づき宝箱の上蓋の縁に指を掛け引き上げた。


「……宝箱じゃ無いみたいだな…」


 太郎の言葉を聞いたハンナが、近付いて宝箱の中を覗くと、そこには地下へ降りる階段があった。


「巫山戯た仕掛け作りやがって…舐めてんのか」


 一頻り愚痴を吐いた太郎は先に降りる事をハンナに伝え宝箱を跨ぎ階段を降りて行く。

 階段の先にはブロック状の石の様な物で作られた小部屋。その壁の一箇所には材質不明の大きな観音開きの扉があった。


「太郎さん大丈夫ですかー?」


 上からハンナの声がする。


「ああ…下は扉がある小部屋だが、少し様子をみるからハンナは途中迄降りて待機だ」

「わかりました。太郎さん気を付けて」

「ああ、わかった」


 太郎は慎重に小部屋の真ん中に移動して様子を伺うが、魔物が現れる気配が無いのでハンナに降りて来るように声を掛けた。

 

「…綺麗な部屋ですね…まるで教会の礼拝室みたい…」


 階段を降りてきたハンナが辺りを見渡し呟く。

 確かに教会の礼拝室に似ている。神々の像は無いが、代わりにゴテゴテと装飾過多な御立派な扉が有る。

 さて、どうしたものかとハンナと話し合う。

 この扉は何なのか?


 1 青銅ダンジョン4層への扉。

 2 ボス部屋。

 3 洞窟の続き。

 4 隠し部屋。


 何れにせよ扉を開けねばわからない。


 扉の取手が無いところから押して開ける筈だ。多分…


 ハンナを階段の近くに待機させ、太郎は扉を押し開く。

 人ひとりが通れる程に扉を開ける。

 中は洞窟内より明るい空間が広がっている。どうやら大広間のようだが、中央に1段高くなった床があり、その床の中央に台座が据えられていた。

 

「ハンナ!ちょっと来てくれ。魔物は見えないが、良く分からない物がある」


 太郎の声、を聞いたハンナが太郎の横に来て扉の奥を確認する。


「……………………」

「どうした?あれ何か分かるか?」


 太郎が言ったとは、台座の上に浮かんでいる巨大な宝石の様なものだ。


「……あの……もしかすると…ダンジョンコアかも…」

「何だそりゃ?」


 ハンナが言うにはダンジョンを創り上げる基本の物体。正体は不明で、材質も不明だと言う。


「何で材質も分からないんだ?調べれば分かるだろ?」

「ダンジョンコアは傷付けたり、台座から移動したりすると消滅してしまうんです」

「ほう……触れても消滅するのか?」

「いえ、それは平気ですし…もしあれがダンジョンコアなら私達は触れないとダンジョン攻略の報酬が貰えません…」


 元々このダンジョンは10層ある筈だよな?とハンナに尋ねると、それは間違い無いらしい。

 だが、ダンジョンの奇妙な変化を見てきたハンナは、階層の変化さえあり得ると…


「んー…だとしたらあれに触れてみるしかないか…」

「はい……」

 

 開いた扉の隙間から再度大広間を観察する。


「俺が先に入る」

「はい………………」


 太郎が部屋に慎重に入ると、そのすぐ後をハンナが続く。


「平気か……まぁこれでボスらしいのが出たら脇目もふらずに逃げるしかないな」

「ひょっとして鎧の魔物がボスだったのかもしれませんね…」

「なら良いんだがな」


 魔物の気配が無いことを確認した太郎とハンナは、中央の台座に向かい慎重に歩き出したのだった。

 

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