第二十三話


 洞窟の入口に辿り着いた太郎は、乗り捨てたバイクを確認する為崖下を覗くが、バイクは跡形も無く消え失せていた。

 ハンナの言った通りダンジョンに吸収されたようだ。洞窟の入口に置きっぱなしにしていた寝袋も吸収されていたが、魔法で作った竈はそのまま残っていた。

 どういった仕掛けなのかわからないが、ダンジョン内の素材は形を変えてもそのまま残るようだ。

 

「いえ、ダンジョン内の素材でも時間が経つと元の状態に戻るようです」

「んー?」

「えーと…例えばダンジョンの壁面を削って目印つけても戻るんです。ダンジョン素材以外の場合、四

時間以内に吸収され、ダンジョン素材の場合1日程で元に戻るようです」

「成る程……じゃあこの竈はどうなんだ?作ったのは昨夜だったわけだが…」

「消える前に触れれば大丈夫です」

「…………成る程…」

 

 この世界はこの世界なりの法則が在るようだが、微妙に人間に都合の良い在り方だと感じるのは、太郎が別の世界を知っているからなのだろう。

 その太郎から見て、この世界は夢物語過ぎる……これではまるで…


 火に炙られれば火傷する。

 腹は減るし、眠くもなる。

 性欲さえちゃんとある。

 多分死にもするだろう……


(もしかすると俺は真剣味が足りないんじゃ無いのか?)


 全てが夢の中の出来事のように。

 思えば向こうの世界にいた頃から、自分は夢の世界に生きて居たのではないか?

 神津健を見送り、そして三上妙子を見送った時から、太郎は現実から隔絶していたのかもしれない。

 竈に灯る炎の揺らぎがハンナの相貌にゆらゆらと影を差す。

 その不安定に揺らぐ影に不安を覚えた太郎はハンナの肩を引き寄せ抱き締める。


「た…太郎さん?」


 ハンナの背中から抱き締めながら髪の香りを嗅ぐと不安が少し和らぐ。

 裾まわりから強引に手を入れ、ハンナの豊かな胸を鷲掴む。

 太郎の行動に何かを感じたのか、首を捻り太郎の顔を見ながらハンナは太郎の頬を優しく手の平で撫でる。

 

「髭が少し伸びてますね…」

「痛いか?」

「いえ。何か父親に抱き締められてる様な感じです」


 太郎は苦笑しながらハンナの乳房の先端を指で摘む。


「父親はこんな事したのか?んん?」

「いえ……あの…私汗臭いですよ?」

「それも良い」

「………………」


 今、これが現実なのだと、体温と柔らかな感触を十二分に太郎はハンナから奪うのだった。


 



「…もう……ダンジョンでこんな事をする人いないですよ?」

「そうなのか?長期でダンジョンに潜るパーティーはどうしてるんだ?」


 剥がされた衣服を着けながらハンナは口を尖らす。


「ダンジョンでそんな余裕は普通無いです。大体疲れてるし、体を休めるのが優先しますから……」


 そうなのかと言いながら、少し伸びた髭を撫でハンナの着替をぼーっと見る。

 身支度を整えたハンナが太郎を見る。

 

「何か食べるでしょ?食事用意しますね」

「ん、そうだな。確かに腹減ったな…ちょっと待ってろ」


 太郎は素裸のまま身を起こし、次元マーケット画面を開く。

 ダンジョンに入ってから、ちょくちょく魔石をぶち込んでいたからなのか残額がとんでもなく増えていた。

 いくつかのレトルト食品を選びハンナに渡す。


「簡単に済まそう。湯を沸かしてこのまま温めるだけだ」


 レトルトパウチされたインスタント食品を不思議そうに見ながらハンナはテントから出ていく。

 テントシートに寝転びバックに手を伸ばす太郎。煙草を取り出し、ライターで火をつけ深く吸い込む。

 テントの外からはハンナが動く僅かな音以外何の音もしない。

 そう言えば、この世界に来てから太郎は虫の類を見たことが無い。

 初めて意識が目覚めた草原にも、マシュタール達と焚火を囲んだ時も。ハンナと地下の下水路に入った時も虫はいなかった。

 

(どうなってるんだ。蠅とか蚊とかいないとかあるのか?腐っても蛆とか湧かないんじゃないだろうな…だが、虫が苦手とハンナは言ってたし、何処かにはいるんだろうな)


 太郎は思考に陥るのを強引に頭を振り中断した。


(今は自分達の技術を上げるのが先決だ)


 ふと太郎は、初めて出会った三人の冒険者を思い出す。

 Aランク間近と噂される彼等と、今の自分を比べてみる。年齢的には三人共年下であろう…だが、その強者の雰囲気に太郎は到底届いていないのは明白だ。

 実力だろうか?積み上げられた経験による自信…

 死が間近にあるこの世界において、生き延びてきた自信。それは冒険者に限らず、一般の農民や商人さえ、ヤクザを生業として来た太郎に匹敵する程なのだ。


(……本当…もっと真剣に生きなきゃ直ぐに死ぬなこりゃ…)


 太郎を呼ぶ声がする。

 煙草の火を消しながら"今行く"と返事をし、散らばった衣服を着けていくのだった。






 シトシトと降る雨の中、急激に下がる気温に白い息を吐きながら腰を低くする。

 ラムスの町から北へ二日程馬車で進んだ街道で魔物の襲撃を受けた"辣腕"パーティーの三人は戸惑っていた。

 

「なぁマシュタール。俺の記憶違いじゃ無けりゃはレッサーデーモンじゃねーか?」

 

 馬車の進行方向を防ぐ様に集まった魔物の群れの中に人型の魔物がいた。

 手が四本、真っ黒な蝙蝠のような翼に山羊のようなつらと角。


「……ええ…私の記憶でも、あれはレッサーデーモンで間違い無いですね」

「あははは。やっぱりな!昨夜の酒が未だ残ってるかと思っちまったぜ」


 豪快に笑うジオライト。


「ところで、マシュタール。レッサーデーモンってのは平地にも現れるもんなのか?」


 ランドの当然とも言える質問にマシュタールは首を横に振る。


「過去に平地に現れたと言う記録は、神代の時代に遡りますが、人の時代に入ってからはありませんね」

「おおー。じゃ何か?俺達は神代の時代の経験をしてるわけか。いやー驚いたな!」


 王都に向う馬車の乗客らは真っ白な顔をしながら魔物の群れを見ていたが、そこは厳しい世界を生き延びてきたが故、泣き叫ぶ様な無様な醜態は晒してはいなかった。

 ガタガタと震える体と歯を押さえ込み魔物の群れを睨んでいた。


「さぁて……護衛も受け持つ代わりにロハで乗せて貰ってる義理は果たさんとな」

「報酬を欲しいくらいだがな…」


 ランドが溜め息を吐きながら腰を落とし、背負っていた矢筒を腰に巻き付け弓を構える。


「そうですね、何故レッサーデーモンが平地に現れたのか色々疑問は有りますが…取り敢えずは排除しましょう」


 マシュタールの言葉にゆっくり肯くジオライトの体がミシミシと膨らんでいく。

 

「レッサーデーモンのバフの全てを防ぎますので、後は任せます」

「おお!任せておけ。俺の筋肉は何者にも負けん!」


 ジオライトのゴツい顔に不敵な笑みが浮かぶ。

 

「あ!ランド。レッサー野郎は俺に殺らせろよ」

「へいへい……ったく…またどつきあいする気か…よ!」


 初手はランドの弓が魔物を襲う。

 上方に一束(10本)撃ち込み、直ぐに水平に一束撃つ。

 この一連の動作を4秒と言う驚異的な速さで済ますと、ランドは弓を捨てて短剣を抜く。

 水平に放たれた矢は前衛の魔物に突き刺さると同時に破裂した。爆煙に包まれ混乱する魔物達に、上方に放たれていた矢が襲いかかる。

 

「あっははは。相変わらずランドの弓術はえげつないな!」

「ほっとけ!」


 ジオライトの肉体は完全に出来上がっていた。普段でも巨大なその肉体は自己強化によってパンパンに膨れ上がり、赤黒く脈打っていた。


「おおおおおー!!」締めの狂化スキルを放ち魔物の群れに突っ込む姿は、どっちが魔物なのかと疑う程だ。

 群がる魔物を巨大な剣の乱舞によってバラ肉へと変える。

 ジオライトの後方を追従するランドはジオライトの剣風で生き残った魔物の命を確実に刈り取っていく。

 後方のマシュタールは額に薄っすらと汗をかきながらレッサーデーモンの狂化魔法を抑え込みながら、並列処理でランドに風魔法の"迅速"を付加する。

 未だパーティー狩りの優位性を知らない太郎が見たら、目を丸くする程見事な連携だ。

 ジオライトが巻き起こす剣風の恐ろしい風切り音が、雨の降る薄暗い街道に、いつ終わることなく響き渡るのだった。

 

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