第二十四話


 幼少の頃から苦手な虫がいる。

 古いアパート暮らしだった幼少時代、玄関下の僅かな隙間に棲息するこいつら。俺は見ただけで逃げ出す程だったのだ。

 良く女性から聞く"生理的にムーリー"と言うやつだ。

 その苦手な虫。見た目にもパワーアップした奴が今、太郎の目の前にびっしりと群れながら迫っていた。

 悲鳴を上げそうになるが、女の手前情けない真似はできない…

 身体中がゾワゾワと泡立つ。

 この縞々の虫はマダラカマドウマと呼ばれる飛蝗の系統らしいのだが、俺的には害虫だ!一般的に不快害虫と呼ばれる昆虫だが、人間に直接的害悪は無いし、ゴキブリ等を捕食してくれる益虫なのだが…ムリ…


 太郎の体が細かく震え、汗が噴き出るのを間近に見たハンナが絶句する。

 

「……あ…あの太郎さん。体調が悪いのなら入口へ戻りましょうか…」

「そ、そうだな……一度戻るか…」


 太郎の意外な弱点を見たハンナは、口元が緩むのを抑えるのに必死だった。

 それは男を嘲笑うとかでは無く、純粋に"可愛い"と言う感情だ。言い換えれば"子供っぽい"だろうか?

 否定的な意味は全く無いが、言語化すればそうなるのだから、敢えて口に出すつもりはないハンナだった。


 洞窟入口に戻った途端、太郎が地面に座り込み深い溜め息を吐く。

 ハンナは急いでカップに水を注いで太郎に差し出すと、苦笑いを浮かべながら太郎は受け取った。


「……いや参った……どうもあの虫は昔から苦手でな」

「やっぱり…そうでは無いかと思いました。普段の太郎さんと全く違う反応でしたから…多分そうかなって」

「これと言って理由は思い当たらないが、どうしてもあれは駄目だ」

「仕方ないですよ。誰にも苦手な物はありますから」


 そう言えばハンナも砂漠に出た蛭の様な魔物が苦手だったからな…

 カップの水を飲み干し、斑カマドウマっぽい魔物をどうするかハンナと話し合うのだった。

 



 殆どの冒険者はパーティーを組んで依頼を受ける。

 魔物や盗賊等が関わる可能性がある採集、討伐、護衛、探索等は、ほぼパーティーを組んで依頼を受ける。

 ソロで依頼を受ける者は一部の高ランク冒険者か、何かしら癖の強い冒険者くらいだろう。

 冒険者ギルドに併設された酒場は人で溢れていた。

 それもこれも、ギルドの酒場はとにかく安いからだ。青銅ダンジョンの異変が確認されて以降、一層での魔物討伐さえ出来ない冒険者達は、採集や平場の魔物討伐しか出来ない者が溢れていた。

 当然収入も低くなる……つまりギルド酒場に食い詰めた冒険者が押し寄せるのだ。

 ギルド酒場は24時間無休営業の為、酒場の隅で一夜を明かす冒険者の数も増えている。

 冒険者ギルドとしては、宿代も稼げない冒険者達の事情が分かっているので、酒場から放り出す様な事をしてはいない。

 食い詰めた冒険者が寝る場所にも困れば犯罪に走る者が出るのは明らかだからだ。

 

 木製の丸テーブルで食事を摂りながら深い溜め息を吐くミランダがジョッキ樽を傾ける。


「ったく、辛気くせーよな」

「まぁまぁ…仕方ないですよ。青銅ダンジョンがあれじゃEクラスの冒険者では一層にも潜れませんからね…」


 クワネルがミランダを宥めるように言うとレベッカがニヤニヤしながらミランダを見る。

 

「いやいや、そうじゃ無いわよねミランダ?」

「………………」

「ほら、ミランダは可愛い可愛いハンナがあんな歳上の男性と一緒にパーティーを組んでるのが心配で心配でしょうがないのよ」

「ば、馬鹿な事を……」

「ふむ、成る程。そう言えばハンナ嬢が前のパーティーを組まれた時にも苛々していましたね」

「してねーよ……」

「二層で出会って三日程経ちましたか?確かに少し心配ではありますね」

「……………あー!やっぱりあの時引き止めとくべきだったか…」


 テーブルに頭を抱え、打っ伏すミランダを横目に見ながらレベッカがジョッキを傾ける。


「でも、何となくだけど大丈夫なんじゃないかなー?」

「何でそう思う…」

「んー何となくだけど…ハンナ一人じゃ流石に一層でも危険だと思うんだけど…ほら、あのちょっと危険な香りがする男と一緒でしょ?」

「だから余計に危ねえだろ!」

「………ん?…もしかしてあんた、ハンナの貞操を心配してる?」

「あたりめーだろ!あんな可愛いんだ。常に危険だろ!あの男、間違いなく碌でもねー目付きしてたぞ」

「………あー………」


 レベッカは左向いに座るクワネルを見る。"私は何も言いませんよ"とばかりにスッと目を逸らす。


「えーと……あのねミランダ…その心配は手遅れだと思うよ?」


 レベッカの言葉にクワネルが深く肯く


「は?……え?」

「……二層で会った時直ぐに気付いたんだけど……ハンナ処女じゃ無いわよ?」

「はーー?そんな馬鹿な……え?」

「……多分あのおっさんに食べられちゃってるわよ?ガッツリ雰囲気巻き散らかしてたわよ?」


 ヨロヨロと椅子から立ち上がったミランダが隅で寝ていた若い冒険者に躓く。


「てめー!そんなとこで寝てんじゃねー!」


 ミランダが床で寝ていた若い男の冒険者を蹴り上げる。と、目を覚ました冒険者が辺りをキョロキョロと見渡しミランダの殺人的な視線に気付き顔を強張らせる。


「な、な、なんです?僕何かしましたか?」

「あー!!。自分の事を僕とかほざいてる奴が冒険者とかやってんじゃねーよ!」

「えーー!?」


 余りに理不尽な八つ当たりにレベッカとクワネルが啞然とする。


「ちょっちょっちょっ。あんた何やってんのー」

「うるせー!あのジジイぶっ殺してやるーー!」


 少し活気が出たギルド酒場だった。




 青炎が洞窟内を舐めあげていく。

 新たに手に入れた魔法"青炎"を連発する太郎に続いて爆発する様に青炎を切り裂きながら走る魔法"スライス"を放つハンナ。

 文字通り"虫唾が走る"おもいをした太郎が洞窟入口迄撤退してから二日程経っていた。

 太郎とハンナは洞窟内、崖下問わず目に付く魔物を手当たり次第狩っていた。

 魔物を狩っている分には魔石の補給に困らず、それは即ちダンジョン内での補給にも困らないのだ。

 それもこれも太郎の持つ次元マーケットのスキルがあっての事だった。

 今では洞窟入口はちょっとした別荘並の環境になっていた。

 太陽電池モジュール装備のコンテナハウスにはバス・トイレ完備。簡易シンクとベッド、テーブル等を据えている。


 入口から30メートル程入った辺で、魔物の一団と遭遇してから1時間以上戦い続けていた。


「太郎さん。一度戻って良いですか?」


 ハンナの言葉に太郎が肯き、魔法を放ちながらゆっくりと後退して入り口に戻って行く。

 入り口のキャンプに戻ると陽の光が真上にあった。


「魔力がカラカラです」


 コンテナハウスに入ってグッタリと椅子に座るハンナにヒールを掛けながら太郎も椅子に座る。


「まぁ…連戦を続けてるおかげか分からんが、1時間は魔法での戦闘継続は出来るようになったな」

「そうですね。最初の頃は#十分__じゅっぷん__#程しか連続攻撃出来ませんでしたからね…それにしてもこんな短期で能力が上がるのは驚異です」


 ふむ、そんな物なのかと次元マーケットから栄養ドリンクと果物を買い、ハンナに渡す。

 

「有り難う御座います」

「ハンナ。言葉が固い」

「あ……有り難う太郎さん」


 太郎も栄養ドリンクを飲みながら、久し振りに自分の能力表を開いてみる。

 


 氏名 朝倉 太郎

 年齢 42(不老)

 種族 ヒト

 職業 極道/冒険者


 体力 893+1892

 筋力 893+981

 知能  56+199

 敏捷 110+86

 

 特技 威嚇/地球の知識/たらし

 技能 ケンカキック Level 7

    チョウパン  Level 5

    馬乗り    Level 4

    ぶっ刺し   Level 7(up)

    膝蹴り    Level 6

    剣術     Level 5

    銃技     Level 2(up)

    魔術     Level 2

    共有     Level 1(New)

    次元マーケット


 加護 親父の加護   2(up)

    兄貴の加護   1

    夜の女神の加護 1


(ん?新しい技能が現れてるな)


 技能名は分かるが、技能の内容が全く分からないのが不親切な表だ。

 次元マーケット時の様な説明が有ればよいが、説明の無い他の技能や加護の内容は未だ不明だ。

 そもそもこの世界には、太郎が確認している様な自身を数値化出来る様な技術?は存在しない。

 一般的に"鑑定"と言われるスキル(技能)は人や物の名称を確認出来るスキルだと言うが………鑑定された名称とは何だろう?

 例えば木の枝を拾って鑑定すると"〜の木の枝"と出るらしい。太郎がその枝を少し削ってスプーンに近い形に成形すると"〜の木のスプーン"と鑑定されるのだろうか?

 どのあたりまで成形すると枝からスプーンになるのだろう?……謎だ。

 わからない事ばかりだ。

 ただ言えることは、間違いなくこの世界は、何某かの知性ある者の手で作られた…若しくは加工されているのでは…と思わずにはいられなかった。

 

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