第二十二話
静寂
何と言う静けさなのだろう。
比較的大きめな砂礫を積み上げ作った竈の火が、太郎とハンナを暗闇の中に浮かび上がらせていた。
余程疲れていたのだろう。ハンナは太郎の用意した寝袋に包まり、静かな寝息をたてている。
当初2時間程の休憩を予定していたのだが、予想以上にハンナの疲労が見て取れたので、このまま明るくなる迄休む事にした。
竈を組み上げ湯を沸かし、砂埃塗れの体を拭いた後食事を摂る。
食事に時間を取るより睡眠を優先にした結果、野菜たっぷりクリームシチューのレトルトを選んだ。
レトルトパックを温めている間にテント型の簡易トイレを設置し、ハンナに使い方を説明する。
下の処理に関して言えば、ハンナはそれ程嫌がらず聞いてくれた。冒険者としての経験なのか時代的な物なのかは分からないが、必要以上に恥ずかしがら無かったのは助かった。
今は寝袋の中にハンナはいる。
初めはキャンプ用の固形燃料を使っていたのだが、燃焼時間の問題で煉炭に変えていた。
煉炭の明かり以外は真っ暗だ。一切の光もない…月も星明かりもない闇。
ダンジョンとは何なのだろうか?
一見自然の風景に見えるダンジョンの三層だが、ここは間違いなく何者かが作った物だろう。
この洞窟に辿り着いた時には、陽が落ちてなかった。その時洞窟の壁面は弱々しいが確かに光を放っていたのだが、陽が落ちたと同時に壁面の光も消えた。
煉炭の灯りが無ければ真っ暗なのだ。
序に何の音もしない。
小動物はおろか、昆虫さえ居ないのでは無いのか?
全てが夢のように感じられた太郎は、寝息をたてているハンナに近づき、その頬に触れほっとする。
太郎は立ち上がり、所々に仕掛けたセンサーを確認した後、壁面に寄り掛かり目を閉じたのだった。
少しは眠るか…
水煙と熱風が混じり合う洞窟内。
ハンナの"アクティバス"は徐々にその精度を上げている。
太郎の"着火"も余計な火力を撒き散らす事が無くなっていた。
「なぁ…今の魔物ハンナ知ってるか?」
「……はい…ゴブリンです…でも、なんで三層で…」
「強い魔物じゃ無いよな?」
「はい。少数なら雑魚です。ただ、ゴブリンは群れる魔物なので、そこだけ注意が必要です」
もしかすると、今迄のダンジョン法則が狂ってるんじゃ無いのか?
通常ダンジョンは階層を重ねる程、魔物の強さが増すらしいのだが、思えば一層でダンジョンボス並の強さの魔物が出るのを考えれば、ダンジョンの法則自体が狂っていると考えるのが妥当だ。
「…問題はこの青銅ダンジョンで出るレベル以上の魔物が現れるかどうかだな…」
「……怖いですね…」
太郎はゴブリンの魔石を一つ拾い、次元マーケットのチャージ画面を開いて魔石を投入する。
プラス百円………
こりゃあ確かに雑魚だ。
「太郎さん!何か近づいて来ます!」
ハンナが警戒しながら鋭い声をあげる。
湧き上がる悪寒のような感覚に太郎は剣を構えソレを視界に捉えた。
山羊……羊か?
山羊と羊の違いなど太郎にはわからなかったが、その何方とも違う要素がある。
つまり、二足歩行なのだ。
(何故わざわざ二足歩行になるんだ?)
魔物の背丈は優に2メートルを超えている。全身は黒い体毛に覆われ、四肢の太さはゴリラの様に太かった。
類人猿の様に腕は長くは無いが、その四肢の太さは間違いなくハンナのウエスト並にはある。
殴られたら間違いなく首がもげる。
太郎は魔物に向けて"着火"を放つが、魔物の体がシャボン玉の様な膜に覆われ、太郎の"着火"を防いだのだ。
「何だ!魔法が効かないぞ!」
まさか…と呟いたハンナが"アクティバス"を放つが、太郎と同じ様に"アクティバス"が魔物に触れる瞬間、虹色の輝きを放つ泡が現れ魔法が消された。
「太郎さん!この魔物は完全魔法耐性を持っています」
「何!てことは魔法は効かないのか……」
どうやら、この化け物みたいな奴とガチで
太郎はハンナに自動小銃を撃つように命令しながら自分も撃ちまくる。
グオォォォォ~
魔物が太郎達に向かい突っ込んで来る。
目の前に迫った魔物が丸太の様な腕を振り上げる。
「やろう!!」
咄嗟に魔物に向かいケンカキックを出すが、岩の様な魔物の体を蹴った反動で太郎が体を仰け反らす事になった。
"ブンッ"と言う音が目の前で起こる。
仰け反ったのが幸いしたのか、魔物の一撃を偶然にも太郎は躱す。
振り切った腕の間隙を突いて自動小銃の銃口を魔物の口に突っ込み引き金を絞る。
"タタタッ"
引き金を絞る。
"タタタッ"
魔物の口から大量の血が噴き出し、巨大な手で顔を覆いながら倒れ込んだ。
のたうち回る魔物に向かい太郎は剣を引き抜き顔面目掛け叩き斬る。
何回も何回も何回も何回も…
数十回切った辺りで顔面を庇う魔物の手が千切れ、直接顔面に剣が打ち込まれる…
顔面がズタズタになった魔物が仰向けに倒れていた。
(……こいつ…まだ生きてやがる…)
微かにだが、魔物は息をしているようだ。口から血の泡を吹きながら胸が上下していた。
ゼェゼェと息を吐きながら、太郎は剣を振り上げ魔物の肉塊の様な顔面目掛け剣を突き立てた。
ビクンと体を痙攣させた魔物から完全に命の火が消える。
「太郎さん血が!」
ハンナの声を聞いた太郎が地面に座り込み、体を確認すると首の辺りから血が出ているようだった。
ハンナが慌てて太郎の傷口に布を当て、そこにポーションを染み込ませていく。
「こっちが仰け反ってなければ殺られてたかもしれんな…」
「………………………」
余程怖かったのか、布を押さえるハンナの指先が震えている。
太郎が何か言おうとした時、薄暗いダンジョンの奥からガシャガシャと音が聞えてきて、二人は急いで立ち上がる。
「どうやら休憩出来ないようだな…」
そこからは連戦だった。学校の理科室にあった様な骸骨、巨大なゴキブリや兎の様な魔物が次々と襲って来る。
それでも二人は前進するしか無かった。倒した魔物が再び湧き出し、挟撃される事が一番の不安だからだ。
歩きながらポーションを飲みながら、ハンナにヒールをかける。
「とにかく…安全な場所を見付けないとな」
「はい、この魔物の出方はおかしいです…」
倒した魔物が湧く間隔は3分くらいだろうか?ゆっくりと休憩する暇など無いのだ。
(くそ!連戦を何時間やりゃ良いんだ)
ダンジョンは緩いカーブを描いているようで、太郎達は進むにつれカーブがキツくなっていく。
(このダンジョンは中心に向って続いてるのか?)
まるで螺旋階段の様なダンジョン構造。
息が荒くなっていた太郎達の目の前に真っ赤な鎧が現れ、その鎧から人の言葉が発せられる。
《ほう、ゴミの分際で此処まで辿り着くとは…》
成る程、ハンナから聞いてはいた。魔物も知能が高いと言葉を操る奴もいると。こいつもその手の知能が高い魔物らしい。
「ゴミかい…随分と高評価じゃねーか。屑って呼ばれるよりゃましだな。え?鎧の化け物さん……よ!」
太郎は自動小銃を構え引き金を引く。
"タタタタタタタタタタッ"
十発程の撃った辺で効果無しと判断した太郎は魔法に切り替える。
"着火!"
鎧が野郎の真下から火焔が吹き上がるが、鎧野郎はびくともしない。
「太郎さん、この鎧も魔法耐性が…」
「みたいだな…だが銃弾でも傷一つ付いた気がしないんだが……」
「あの鎧……もしかすると霊体かも…」
霊体?霊体って事は幽霊的なもんか?確かに幽霊に銃は無理かも知れないが…
(どうしろと…ひょっとしてあれか?珠数でも握り締めて祈祷でもしろと?いやいや、俺は祈祷とか知らんぞ…)
「太郎さん霊体に魔法は有効な筈です。ただ、あの鎧の霊体の力が強いだけかと…」
「……成る程…んじゃ徹マン(徹夜マージャン)よろしく持久戦かい!この歳でやりたくね~がしかたねーな!」
太郎とハンナは魔法を撃ち始める。
《その程度の攻撃で私の前に立つとは…》
「ああ?巫山戯んな!このダンジョンは初心者用のダンジョンだろが!」
《成る程。貴様らのダンジョンの認識はその程度か…》
「喧しい!」
太郎とハンナの怒涛の攻撃で、ダンジョンの壁面は削れ地面は真赤に溶けている。
ハンナはポーションを飲みながら魔法を撃ち続けているが、そろそろ限界の様だ。
(どうする……鎧野郎からの攻撃は全く無いが…)
《どうした?私を倒さねば前へは進めぬぞ?》
(いちいち癇に障る奴だが、確かにこのままじゃ埒が明かない…一旦戻るか?)
戻るとしたら洞窟の入口付近迄戻る事にはなるが、ハンナの状態を見れば後退も仕方ない……
「ハンナ!洞窟の入口迄後退する」
「わかりました」
太郎は鎧の魔物を警戒しつつ後退していく。
(……少し慎重にやるべきか…)
異世界に来て初めての撤退。
(そうそう思い通り行かねーな…)
ハンナの体調を伺いながら、岩山の入口に向うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます